■ トロッタ25


好きなのに 何をやめろというの
見えているのに 目を凝らせば凝らすほど遠ざかる
霧の街に響いた 冷たい足音
「どこ、ここ?」
どこかへ行きたい でも どこへも行けない
「帰りたくないのよ」
どうして応えてくれないの 好きなのに
「あなたはいつも……」
その店の名は トロッタだった 
「霧の街」より


La Nouvelle Chanson de QUITSCAWA Migacou『悲しみの歌』【2017】op.82より
Song of sorrow

〈作曲*橘川琢 詩*木部与巴仁〉
バリトン*根岸一郎 ピアノ*森川あづさ

『乱声 -フルートとピアノの為の-』【2016】
RANJO per Flauto e Pianoforte

〈作曲*酒井健吉〉
フルート*箕輪美希 ピアノ*横井彩乃

『イントロダクションと野口雨情の3つの詩』【1997】
Introduction and Three poems By Ujo NOGUCHI for Reading and Guitar

〈作曲*田中聰 詩*野口雨情〉
ギター*土橋庸人 詩唱・キベダンス*木部与巴仁

『沈丁花』【2017・初演】
a daphne

〈作曲*高橋通 詩*木部与巴仁〉
ソプラノ*赤羽佐東子 ピアノ*横井彩乃

『夢魔』【2017・初演】
Succubus

〈作曲*高橋通 詩*木部与巴仁〉
バリトン*根岸一郎 フルート*箕輪美希 クラリネット*藤本彩花
ヴァイオリン*戸塚ふみ代 ピアノ*森川あづさ

*休憩

木管三重奏のための『オブジェII』【2017・初演】
L’Objet II pour Trio d'anches

〈作曲*堀井友徳〉
オーボエ*三浦舞 クラリネット*藤本彩花 ファゴット*金田直道

ヴァイオリンとコンガ、ピアノのための『胡舞』【2016・初演】
DANSE DE LA SERINDE POUR VIOLON ET CONGAS, PIANO

〈作曲*田中修一〉
キベダンス*木部与巴仁 ヴァイオリン*戸塚ふみ代 コンガ*重本遼大郎 ピアノ*森川あづさ

『木部与巴仁に依る3つの歌曲』【2009&2011/2016・改訂初演】
Three Melodies by KIBE Yohani

〈作曲*田中修一 詩*木部与巴仁〉
「蜚」Scarafaggo
「雨の午後」Rainy Afternoon
「ギター彈く人」The person who plays the guitar
ソプラノ*赤羽佐東子 ピアノ*横井彩乃

《トロッタ11年記念曲》『霧の街』【2017・初演】
Invisible city by fog

〈作曲*酒井健吉 詩*木部与巴仁〉
指揮*稲垣佑馬 ソプラノ*平井裕子
フルート*箕輪美希 オーボエ*三浦舞 クラリネット*藤本彩花 ファゴット*金田直道
ヴァイオリン*戸塚ふみ代 コンガ*重本遼大郎 ピアノ*森川あづさ






悲しみの歌
木部与巴仁

わたしにも 悲しみが あるのかな


二月の
冷たい風


人が皆
うつむいている


ひびわれて
白くなった掌(て)

わたしの悲しみは
どこに
あるのかな
わたしの悲しみは
どんな
形かな
わたしの悲しみは
どこで
どうしているだろう
(「詩の通信 VIII」14号掲載 2017.2.8)



イントロダクションと野口雨情の3つの詩
野口雨情

I. 夕焼

山のふもとの
  遠方(をちかた)は
雲雀(ひばり)囀(さへづ)る
  青野原
声は遥に
  夕暮の
空はおぼろに
  花ぐもり

雲雀囀る
  遠方の
山のふもとの
  大空は
夕焼小焼の
  日が暮れて
桜は真赤に
  みンな焼けた。

II. 白露虫

かげろふの
あしたはまたぬ命だと
たよりは来たが
どうしよう

ひとつにはまたひとつには
かすかに白き
花でせう

しよんぼりとまたひとつには
さびしく咲いた
花でせう

かなしくもまたふたつには
涙に咲いた
花でせう

かげろふの
糸より細き命だと
たよりは来たが
どうしよう。

III. 山鶯

水に 流れに
柳の枝に
春はたづねて
来るのやら

梅は咲かねど
山鶯は
谷の古巣にや
もう ゐない

山もそろそろ
雪解けごろは
笹の葉でさへ
春を待つ



沈丁花
木部与巴仁

それは私の記憶
遠い日の記憶
消えずにずっとある記憶
ふとよみがえる

街角で
仕事帰りに
駅のホームで
机に向かうと
暗い部屋で
そうするつもりなどないのに
何もかも見えてくる

あの晴れた日
私は中学生だった
クラブ活動の汗は乾き
家に帰る他に目的はない
その私が誘われたのだ
ここにおいで
いいことがある

誰にもいわなかった
私の記憶
花に誘われ
花と戯れた
花と交わり
花に溺れた

沈丁花
白い花の誘惑
生まれて初めての記憶
心に届いて離れない
永遠の記憶
(「詩の通信 VIII」16号掲載 2017.3.10)



夢魔
木部与巴仁

苦痛と軽蔑
嫉妬と欲情
異国の音楽に似て
私を苦しめる
女の嘘

快楽と恥辱
慰めと当惑
むき出しの世界が
心の傷に
すりこまれる

最後の夜だ!
邪魔するな
目を閉じて眠るがいい
告げ口にやって来た
夜・夜・夜
まばゆい小函を抱く
生け贄の肖像

無知な晩餐と
沈黙する岩礁が
硝子(ガラス)の上着をまとっている

どこへ行くの?
誰も知らない
(「詩の通信 VIII」15号掲載 2017.2.24)



木部与巴仁に依る3つの歌曲

「蜚」
木部与巴仁

滿月に誘はれ
ほろ醉ひ加減のゴキブリがさまよひ出た
長い角をくすぐる秋の風
飴色に濡れた翼が光る
月の光に。ああ、
獨り歩きの夜
輝く月に。ああ、
踊り明かさう、たった一人で
いいぢゃないか、このままで
誰のものでもない、人生だ
なんて心地いい、秋の夜
たたんだ翼に、月の光が乘ってゐる。

*以下の詩は、『蜚』の原詩文「ゴキブリ」です。「詩の通信」第1号掲載(2005.11.11)

滿月に誘われ
ほろ醉い加減のゴキブリが一匹
アスファルトにさまよい出た
長い角をくすぐる秋の風
飴色に濡れた翼が光る
月の光に。ああ、
獨り歩きにもってこいの夜
輝く月をシャンデリアに
踊り明かそう、たった一人で
軽く足踏みし、見えないパートナーに
手を差しのべて
悪くない、ポツリとつぶやいた
いいじゃないか、このままで
誰のものでもない、おれだけの人生だ
なんて心地いい、秋の夜
たたんだ翼に、月の光が乘っている
もう少し、歩いてみようか
気の向くままに


「雨の午後」

濡れて飛ぶ鳥も戀を知る
傘は嫌い
濡れたまま歩きたい

濡れて飛ぶ鳥は戀を知る
傘はない
濡れたまま歩いてゐたい

五月の雨を切り
濡れながら飛んでゐる
傘をなくした
一羽の鳥

*以下の詩は、『雨の午後』の原詩文です。「詩の通信 II」第24号掲載(2008.6.7)

濡れて飛ぶ鳥も恋を知る
傘は嫌い
濡れたまま歩きたい

あなたの絵を描かせてください
駆け寄ってきたひとりの女
あの人が画家です
なるほど街灯の陰に男が見えた
変に思われないよう
私がお願いに来ました

はっきりいえばいい
ぼくがあなたを描きます
喜んで私は裸になるだろう
でも女がいっている
きっと綺麗に描いてくれますよ

濡れて飛ぶ鳥は恋を知る
綺麗じゃなくて
ありのままを描いて
傘はない
濡れたまま歩いていたい

描かせていただけませんか
お願いします
泣き出しそうな顔をしているね
彼はあなたを描いたの?
描かれたあなたが
私を誘うの?

五月の雨を切り
濡れながら飛んでいる
傘をなくした
あなたも私も 一羽の鳥


「ギター彈く人」

冬の日は
あきらかなり
ギターケース提げて
彼は歩むか
アスファルトの道
物思いにふける
その横顔

ギター弾く人
交わせし言葉を
ギター弾く人
まじえた視線を
ギター弾く人 冬の日に 忘れじと思う

冬の気は
透きとおる
かつて異国の町にあり
文学を志し
音楽をまた愛し
ペンとギターを取る
来し方五十年

ギター弾く人
交わせし言葉を
ギター弾く人
まじえた視線を
ギター弾く人
冬の日に 忘れじと思う

*以下の詩は、『ギター弾く人』の原詩文です。「詩の通信 VI」第11号掲載(2011.12.28)

一九一四年、二十八歳の萩原朔太郎は
詩「ぎたる弾くひと」を書く
二〇一一年十二月二十二日、五十三歳の私は
ギター奏者、石井康史氏の訃報を聞き
詩「ギター弾く人」を書く

冬の日は
あきらかなり
冬の気は
透きとほり
その人は
孤独なり

ギターケース提げて
彼は歩むか
アスファルトの道
物思いにふける
その横顔
かつて異国の町にあり
文学を志し
音楽をまた愛し
ペンとギターを取る
来し方五十年
冬の影はゆれてあり

ギター弾く人
交わせし言葉を
ギター弾く人
まじえた視線を
ギター弾く人
冬の日に 忘れじと思う

〈参考〉萩原朔太郎 「ぎたる弾くひと」

ぎたる彈く、
ぎたる彈く、
ひとりしおもへば、
たそがれは音なくあゆみ、
石造の都會、
またその上を走る汽車、電車のたぐひ、
それら音なくして過ぎゆくごとし、
わが愛のごときも永遠の歩行をやめず、
ゆくもかへるも、
やさしくなみだにうるみ、
ひとびとの瞳は街路にとぢらる。
ああ いのちの孤獨、
われより出でて徘徊し、
歩道に種を蒔きてゆく、
種を蒔くひと、
みづを撒くひと、
光るしやつぽのひと、そのこども、
しぬびあるきのたそがれに、
眼もおよばぬ東京の、
いはんかたなきはるけさおぼえ、
ぎたる彈く、
ぎたる彈く。



霧の街
木部与巴仁

好きなのに
「もういいだろう」
何がいいの
好きなのに
「行こう」
どこへ行くの
好きなのに
「もう、やめよう」
何をやめろというの
見えているのに
目を凝らせば凝らすほど遠ざかる
霧の街に響いた
冷たい足音
一人にも聞こえ二人にも
雑踏にも錯覚する
好きなのに
「どこ、ここ?」
無言の返事が宣告に似る
好きなのに
「遠いの?」
何もいわない横顔は影
好きなのに
「見たくない、もう」
目を閉じればいい それだけのこと
どこかへ行きたい
でも どこへも行けない
もうずっとこのまま
往ったり来たり
同じ場所をいつまでも終わりなんてなく
霧の裂け目に浮かんだ
ネオン管の灯
青白くぼおっと
知っている
この人も私も
この見知らぬ国の見知らぬ街を
この店を
だから
歩き続けた
「いらっしゃいませ」
無表情な
男の声
蝶ネクタイを絞めて
私たちを迎える
スミノフをと
頼むだろう
際限のない
人々の歓声が聞こえるだろう
わかっていたのだ
ここにあると
だから
ここに私たちは来た
「帰りたくないのよ」
どうして
応えてくれないの
好きなのに
「あなたはいつも……」
その店の名は
トロッタだった
(2017.3.2)