トロッタ通信 11-6



トロッタ通信 11-6


 長谷部二郎さんと『人形の夜』

■ 唄う、とは

清道洋一さんの章から連続するようなテーマになります。
学生時代、天本英世氏の朗読を聴きました。何度か聴いたのですが、フラメンコギターの蒲谷照雄氏と共に、私の通っていた大学に現われ、講演をし、ロルカの詩を詠んだ姿が、最も記憶に残っています。
詩の朗詠、あるいは朗唱としては、やはり学生時代ですが、天本氏以前に聴いた、寺山修司氏の朗読が鮮烈でした。寺山氏は、舞踏家の踊りと共に詠みました。女子大でしたが、男性舞踏家が全裸だったので、聴衆が皆、目をそむけていた姿が忘れられません。どうということはないと思いますが。
天本氏を朗詠、朗唱といい、寺山氏を朗読というのは、個人的にはニュアンスを変えていますが、はっきりしたものではありません。感覚です。音楽を伴っているかどうか。それ自体が音楽的であるかどうか。歌に近いかどうか。いろいろなことを考えながら使い分けています。私の場合は、詩唱、というわけです。そして楽器というなら、詩にはやはりギターが、最もふさわしいでしょうか。ふさわしすぎるので、清道氏のように、弾きながら詠むだけならシンガーソングライターと変わらないという意見も出るわけです。当然だと思います。 映画俳優として、子どもの頃から親しんできた天本氏でしたが、その彼が朗読者であることを知ったのは、大学生になってからです。友人のTが教えてくれました。今もそうですが、新宿駅周辺を歩くことが多かったのです。ある日、Tがいいました。
「天本英世、よく新宿を歩いてるよ。黒いマントを羽織って。目立つよ」
その後、私も何度か見かけました。確かに目立ちました。長身で、痩身で、真っ黒なマントを羽織り、ブーツを履いていました。Tは、天本氏がロルカの詩を朗読しているとも教えてくれました。しかし、その時の私は、詩人で劇作家で、作曲家でもあったロルカのことをまったく知りませんでした。今でも、知っているとはいえないと思います。(39回/2.18分 2.22アップ)
「スペイン全土を巡る」と副題された『スペイン巡礼』を天本氏が刊行したのは、1980年のことでした。これを記念する形で、天本氏がテレビに出て語る機会がありました。ちょうど、芝居の公演を終えたところで、関係者の家におり、見逃して無念だったことを覚えています。
『スペイン巡礼』は、何度も繰り返して読みました。続いて出た『スペイン回想 「スペイン巡礼」を補遺する』も、繰り返して読みました。そこに、私の大学での講演記録が、そっくり載っています。その一節を、私は心に刻んでいます。
「……フラメンコというのは、日本では誤解されていまして、ガチャガチャした騒がしいようなものと一般には考えられています。もう一つの誤解は、フラメンコというのはギターだと思われていることです。さらにもう一つの誤解は、フラメンコは踊りだと思っている人がいることです。/これはすべて大変な誤解でありまして、本当のフラメンコは何であるかといいますと、これは唄であります。フラメンコというのは、遠い昔にはまず唄だけがあったのであります。まったく楽器の伴奏のない、無伴奏の唄だけがあったのであります。貧苦に苦しむ圧迫されたジプシーが、自分の生きていく苦しみをうなるように唄う、この唄だけがあったのであります」
このようなことを、学生に向かって語ってくれた天本氏に感謝します。
引き写していて、我が身を省みました。私は、「自分の生きていく苦しみをうなるように」詩にしているでしょうか? トロッタの舞台で、「自分の生きていく苦しみをうなるように」詩唱しているでしょうか? 疑問です。(40回/2.19分 2.22アップ)
昨年から、ギターを習うことにしました。先生は、長谷部二郎先生です。習い始めてすぐ、長谷部先生に、トロッタ11にご参加いただくことになりました。先生には、自作を発表したいというお気持ちがあったのです。 ギターは習い始めましたが、清道さんの表現を借りれば、私は、シンガーソングライターのように歌う気はまったくありません。気持ちよくなるのはけっこうなことだと思いますが、天本氏がいうように、ジプシーのように、自分の苦しみをやむにやまれず唄っている人がいる一方で、日本にも、唄わないまでも、日々の苦しみを抱えている人が多くいる状況下、ギターを弾いてひとりだけ気持ちよくなろうとは思いません。もちろん、苦しみの押し売りなどはしないことです。
長谷部先生と、どんな曲がよいか相談するうち、できたのが、『人形の夜』という詩でした。短い詩です。

人形の夜

木部与巴仁

コツコツと音をたて
マントの裾をなびかせて
夜になると踊っている
黒い貴婦人

閉じない瞳が
闇の中で光っている
静かに青く
前だけをみつめている

重かったり軽かったり
隠れた両手に
男の生命(いのち)を抱いている
死んでいった男たち

朝になれば
窓辺にじっと置かれている
黒い貴婦人
ただ一個の木偶(でく)として
夜になると踊っている
コツコツ コツコツ
音をたて

この詩の人形は、ある木彫家の作品集に登場します。作家が、自身の「黒い貴婦人」を踊らせていたかどうかはわかりません。私には、マントを着て踊っているように見えました。改めて見ますと、天本英世氏を引用したから思うのでしょうが、ちょっと、フラメンコの匂いが感じられる人形です。苦しみを唄っているかどうかはわかりません。しかし、女性も男性も、長く生きれば生きるほど、心に苦しみを抱えるようになるでしょう。苦しんだまま生きているでしょう。苦しみは、なかなか人にはいえないものです。いえないから苦しいわけです。そのような貴婦人が、夜になるとひとりで踊っている。朝になると、人形としてじっとしている。また夜になると……。
そんな不思議さが表現できればいいと思います。(41回/2.20分 2.22アップ)

■ 風のざわめき

私がインスピレーションを得た木彫家の作品には、あるタイトルがついています。私が受けた印象とまったく違います。私はタイトルを見て、この人形を選んだわけではありません。タイトルとは無縁に選びました。純粋に、人形としてよいと思ったのです。今のタイトルにとらわれていたら、この人形から詩を書こうとは思わなかったかもしれません。作家は自由なタイトルをつけるし、見る側も自由に見るものです。しばしば、絵に“無題”とつける方がおられますが、気持ちはわかります。また、詩にしても、タイトルはほとんどの場合、後からつけるので、本当は“無題”でもいいようなものです。誰にも先入観を与えたくないという思いが、私にもあります。
長谷部二郎先生は、『人形の夜』のために、『風のざわめき』という曲を用意されました。10年前にお書きになったギター合奏曲です。これを改作して、ギターと弦楽四重奏のための『人形の夜』にしようという構想です。
すべて聴いてはいませんが、主題から判断しますと、非常に繊細な、風のざわめきとは、こういうものであろうかと想像できる曲でした。??ただ、木彫りの人形のことで前述しましたように、タイトルと作品それ自体から受ける印象は異なります。『風のざわめき』が『人形の夜』になる、ということもありますので、曲を聴いた誰もが、風のざわめきを想像するかどうかはわかりません。とりあえず、私としては、この曲は『人形の夜』だと思って演奏に臨みます。(42回/2.21分 2.23アップ)
ギターという楽器は、非常に繊細です。『人形の夜』自体、繊細な詩です。私の詩唱も、繊細にしなければと思います。詩唱、朗読を始めたころは、やはり、大きな声でということを心がけていました。肉声を伝えたいため、マイクを用いることは避けたいので、まず声が通らないとお話しにならないと思っていました。その思いはまったく変わりませんが、詩唱する作品の数が多くなると、やはり大きな声だけでは通用しなくなってきます。私自身が、もっといろいろとできるのではと、工夫を始めるようになりました。当然、繊細な表現も試みたいのです。だからといって、マイクを握ろうとは思いません。肉声で、繊細で、雰囲気があり、楽器とともに詩唱してじゅうぶんに聴こえる。そういった目標を持っています。
具体的にいえば、『人形の夜』は夜と朝の場面に分かれます。一連から三連が夜、深夜の風景。最後の四連が、朝の風景です。これを分けられればと思います。その上で、風景の描写に終わらない詩唱ができればいいのです。
頼るようですが、もう一度、天本英世氏の『スペイン巡礼』を引用します。
「……フラメンコというものは非常にとっつきにくいものであります。何でとっつきにくいかと申しますと、メロディをほとんど感じることができません。リズムを刻んでいるだけのようです。ここにフラメンコの難しさがありまして、メロディがないということはどういうことかといいますと、つまり、甘さがまったくないということであります。……フラメンコのメロディは覚えることができません。覚えることができないということは飽きることがないのでありまして、フラメンコというものは、非常にとっつきにくいものである代りに、これが人間の体の中に入り、心の中に入りますと、決して離れていくことはありません。……つまり、フラメンコというものは、魂だけの音楽というようなものであります。……これは非常な苦しみを持った人間、魂の苦しみを持った人間、生きることの苦しみを持った人間、悲しみに閉ざされた人間、こういう人間にたいへん救いとなる音楽なのであります」
ここまでの表現が私にできるかと思います。しかし、目標は、ここにありたいと思います。救い??。『人形の夜』が、どんな救いの力を発揮できるのか。そもそも、救いという言葉をあてはめられる詩なのか。単に幻想的な光景を詩にしただけではないのか? だとしたら、実につまらないことです。『人形の夜』は、そんな詩ではありません。(43回/2.22分 2.23アップ)
木彫家の作品、木彫りの人形に、私自身が救いを感じました。だから、詩にしたいと思いました。詩にすることで、私自身が、救いを感じました。
救いには、いくつかの種類があると思います。
現実逃避。−− 現実があまりに辛いなら、逃避してもいいでしょう。最も有効な逃避は、死です。自殺など逃げだという声もありますが、死すら考える人の苦しみは、他人には理解できないと思います。もちろん、自殺は肯定しません。しかし、死にたいほどの苦しみというものはあるでしょう。
救済。−−苦しみが救えるなら、それがいちばんいいことだと思います。他者を救いたいと、私も思います。かつて、四肢がきかずに寝たきりの方のボランティアをしたことがあります。しかし、救いたい、力になりたい、務めを果たしたいという思いが、その方にとって、押しつけになったようです。ある時、亡くなりました。私と会っていなければ、もっと生きたのではないかと思います。『人形の夜』は、他者に救済をもたらすでしょうか。そこまでの力がある詩でしょうか。結局、第三連が、鍵です。

重かったり軽かったり
隠れた両手に
男の生命(いのち)を抱いている
死んでいった男たち

ここだけは、風景ではありません。貴婦人の心のうちです。彼女は女として、これまで多くの男を愛してきたのでしょう。また愛されてきたのでしょう。この世の誰もが、愛し、愛され、しかし思いはなかなかかなわず、苦しんでいます。愛したと思っても次の瞬間には愛しておらず、愛されたと思っても次の瞬間には愛されていない。そのような人の心が、ここで表現できていなければ、人形の夜は、ただの風景描写、幻想詩に終わります。
高揚。−− 自分の心に届く作品に接すると、それが音楽であれ文学であれ美術であれ、心が高ぶります。死にたいほどの苦しみに直面していないせいかもしれませんが、私の疲れや苦しみは、高揚感で克服できる場合が多いようです。木彫りの人形に、私は高揚しました。それが詩『人形の夜』に結びつきました。
克服。−− 自分で、苦しみを打破すること。この意志の力こそが有効だと、第三者のようにいえれば、最もよいことです。今の私には、詩を書き、音楽をすることしかありません。苦しみを、詩と音楽で克服すること。ちらりと、自分の救済のために「トロッタの会」をしているのか? と、皮肉が頭をもたげます。その側面はあるでしょう。正直になれば、そういうことかもしれません。お客様に、楽しみを分けて差し上げるほど、私はすぐれた人間ではないと思います。ボランティアの方が亡くなったことを、今も思い出します。(44回/2.23分 2.23アップ)
『人形の夜』の合わせを、今夜、いたしました。まだ、曲をつかんでいません。何をどう詠めばいいか、わかっていないのです。私が書いた詩ですが、詩と音楽は違います。音楽が入った時点で、もう私の作品ではなく、長谷部二郎先生の作品です。演奏家の作品でもあります。そこに私の声も入っているわけですが、私もまた、詩とは別の作品にしなければなりません。自然と違う作品になるはずです。何よりも、ギターの繊細な音色を、私は聴かなければと思います。まだ、聴いていません。楽器とからんでいないことを痛感しています。からんでいなければ、音楽になりません。
詩と音楽といいますが、併置してあるわけではなく、どちらからも融け合った状態を理想としています。音楽、という言葉に、私の詩は含まれていたいと思います。音楽作品でありたいと思います。
逆に、詩の中に、音楽はあるでしょうか? あるとは思いますが、それは私がひとりで書いた詩を、ひいき目に見た場合です。トロッタの音楽は、作曲家が創る以上、音楽としてあるので、詩として独立しないと思っています。繰り返しますが、トロッタ11で初演する『人形の夜』は、長谷部二郎先生の作品であり、演奏家諸氏の作品です。木部与巴仁の作品云々とは、もう私自身が考えていません。大袈裟ないい方をすれば、身を捨てた時、見えてくる世界があると、思っています。「詠み人知らず」でいいくらいです。(45回/2.24分 2.23アップ)