トロッタ通信 11-3 3 橘川琢さんと『うつろい』 ■ 四度目の『うつろい』 先に紹介しました、『冬の鳥』評が載った「音楽の世界」誌で、改めて橘川琢さんの曲解説を読みました。私との共同作業が、17作目だと書いています。もう、そんな数になるのでしょうか。驚きましたが、トロッタ11で演奏されます『うつろい』は、その中でも初期の作品にあたります。2008年1月26日(土)の、トロッタ5で初演されました。橘川さんが、チラシの解説に書いています。 「『旧い歌曲や唱歌、どこかさびしげでなつかしい歌謡曲…ちょっと時代がかった、はかなげな歌を作りませんか?』…などと木部与巴仁さんとお話していたら、少しして「うつろい」という素敵な詩が届いた」 当時、橘川さんのリクエストには、唱歌のようなという表現もあったと思います。高校生のころから、喫茶店が好きな私です。喫茶店にはさまざまな思いがあります。喫茶店には何があってもおかしくありません。喫茶店幻想、といったような詩を書いてみようと思いました。いや、書いているうちに、そうなったのか。 詩の全文を掲げましょう。 うつろい 古ぼけた柱時計が 満開の桜の枝に掛かっていたらおもしろい カウンターの向こうから 浜辺の歓声が聞こえてきたらおもしろい 落ち葉が舞って コーヒーカップに浮かんだらおもしろい 椅子に腰かけたまま しんしんと降る雪の気配を感じたらおもしろい 静かに器を洗う音を 今でも憶えている その喫茶店では いつも ひとりの女性が うつむいたまま仕事をしていた 控えめな笑みを 浮かべて ほんのり紅く 頬を染めて [春] 憶えているよ 春になると 桜が咲いたね 花びらが吹雪になって 店いっぱいに舞っていた 季節がうつろう 不思議な喫茶店 今はもう消えてしまった [夏] 憶えているよ 夏になると 海が見えたね 窓の外には水平線 遙かに遠く かすんでいた 天井をつらぬく 八月の太陽 ぼくの心をじりじり焼いた [秋] 憶えているよ 秋になると 木立が燃えたね 散り敷く落葉は炎の形 ランプの灯に照らされて 喫茶店は錦に染まる 歌が聞こえた 誰の姿も見えないのに [冬] 憶えているよ 冬になると 雪が降ったね 白くなってゆく店に マフラーをまいたまま じっと座っていた ぼくはここにいる 時間だけが過ぎてゆく 今はない 街角の喫茶店 いつの間にか 消えていた ぼくは今も この町にいる でも あの人は いない うつろう季節に連れられて どこかへ行ってしまった (18回/1.28分 1.31アップ) 『うつろい』は、トロッタ11で、4度目の演奏になります。2008年1月26日(土)、トロッタ5で初演。同じ年の7月28日(金)、名フィル・サロンコンサート「詩と音楽」で再演。2009年3月22日(日)、橘川氏の個展「花の嵐」で三演しました。幸せな曲だと思います。それだけの魅力がある曲です。この演奏回数に匹敵する橘川さんの曲といえば、『花の記憶』でしょう。 たった今、新しい詩を書いています。詩は、誰が書いても短いもので、文字数はたいしたことがありませんから、すぐ書けそうだと錯覚します。しかし、なかなか書けません。説明のための文章ではありませんから、書けばいいというものになりません。 目の前にある、形を取りつつある詩は、いつ、どこで詠む、曲になるというあてのない作品です。書きたいから書いています。詩で商売をしようなどという人は、おそらくありません。商売になるわけがなく、仮に原稿料をもらったとしても、それは一時的なもので、持続性はなく、従って生活を支えるものとはなりません。なればいいと思いますが、ならない方がいいともいえます。 詩の書き方も、おそらく、決まったものはないでしょう。その人だけのものです。詩の教室も、あると思います。そこに通えば、不特定多数の方に、ある程度の説得力を持つ詩が書けるのでしょう。しかし、生まれたものは、詩人にとって絶対の詩ではありません。講師料を受け取る、先生の生活を支えるために書かれたようなものです。 そういえば、私も詩の講座に、一度だけ顔を出したことがあります。どんなことが語られているのだろうと思いまして。また、知り合いが講師をしていた関係もありました。自分の詩を朗読するというので、『夜が吊るした命』という、後に酒井健吉さんが作曲してくれた詩を持参しました。先生が、何かいってくださいました。詩を書く視点、といったようなことだったと思います。詩は、ビルの屋上で、電線にからんで身動きが取れず、冷たい冬空の下で死んでゆく烏を描いています。詩が、私の視点なのか、烏の視点なのか、といったような講評でした。先生の言葉が、正しいのかもしれません。その時の私の関心は、どのように朗読するかに大部分がありました。先生と、関心のありかがずれていたと思います。先生のお言葉を受けて、詩を直そうとは思いませんでした。強情になったわけではなく、これでいいと思ったからです。いや、一種の強情だったのでしょう。 そのことより、講座の主催者が、その後、間もなくして亡くなってしまったことの方が、私の記憶に刻まれています。私よりだいぶ若い方でしたのに。初期の「詩の通信」は送らせていただいていました。まだ「トロッタの会」は始めておらず、彼にも、トロッタに足を運んでいただきたかったと思います。(19回/1.29分 1.31アップ) 『うつろい』は、とてもわかりやすい詩です。 物語を書くのか、心の風景を書くのか。私の詩はふたつに大別され、物語の方に比重があると思います。『うつろい』は、幻想的な詩なので、物語と心象風景と、いずれの要素もあるのではないでしょうか。詩の先生なら、違うことをいうと思いますが。 トロッタは、“詩と音楽を歌い、奏でる”会です。詩と音楽の関係については、様々な考えがあると思います。考えの中身はさておき、『うつろい』をめぐる詩と音楽の関係について、見てみましょう。 詩は、「古ぼけた柱時計が 満開の桜の枝に掛かっていたらおもしろい/カウンターの向こうから 浜辺の歓声が聞こえてきたらおもしろい」という言葉で始まります。喫茶店の椅子に座る人物が、このようになったらおもしろいという、四季折々の幻想を風景として見ています。 しかし音楽としての『うつろい』は、回想から始まります。詩のいちばん最後の連、「今はない 街角の喫茶店/いつの間にか 消えていた/ぼくは今も この町にいる/でも あの人は いない/うつろう季節に連れられて/どこかへ行ってしまった」を曲の始めに持ってきて、詩唱者に詠ませました。その後に、詩の始まりである四季の幻想を、やはり詩唱者に詠ませました。譜面には、こんな指示があります。 「鮮やかに思い出がよみがえるように」「軽やかに、しかしさびしげに」「少し、かげりをもって」「思い出をいつくしむように」。そして[春]の歌が始まると「思い出の場面に、歌が重なるように。自分の深く、なつかしく、さびしい思い出に語りかけるように」 『うつろい』は過去に寄り添おうとする詩ですが、橘川さんの手によって、懐古性が強まりました。私は、言葉を持って、最後に懐古の気持ちを強調しました。橘川さんは、言葉を前に移動させ、同じ言葉「今はない 街角の喫茶店/いつの間にか 消えていた」以下を、最後は歌手に歌わせることで、より強調してみせたのです。(20回/1.30分 2.2アップ) ■ 詩と音楽の共同作業 以下は、橘川さんに取材などせずに書くことです。橘川さんには、まったく別の考えがあるはずです。 橘川さんとした初めての共同作業は、『時の岬・雨のぬくもり』でした。私の詩「夜」が『時の岬』となり、橘川さんの詩「幻灯機」が『雨のぬくもり』となり、初めての「詩歌曲」が生まれたのです。「詩歌曲」という言葉自体に、トロッタのテーマである“詩と音楽”が入っています。また橘川さんは、曲だけでなく、詩も書きました。2009年3月22日(日)に行われた第3回個展「花の嵐」のプログラムに、詩「幻灯機」の意味が書かれています。 「先の『夜』の詩中、『どこへ向かおうとしているのか』を受けて創られた。言うなら木部さんへの私なりの返歌である。『夜』が厳しく心が凍えるような世界であるのに対し、『幻灯機』はその世界を歩く人の心を描きたいと思ったのだ」 橘川さんは、「詩歌曲」という音楽のスタイルを掲げ、さらに詩を書き、もちろん音楽も書くことで、トロッタの世界をまるごと引き受け、体現してみせようとしたのではないでしょうか。『時の岬・雨のぬくもり』以降、彼の詩は表現されていません。詩作は、すべて私にまかせ、自分は作曲に専念しようとしていると思われます。 いや、実のところ、トロッタ9で『1997年 秋からの呼び声』が初演される予定で、これはすべて橘川さんの詩による曲だったのですが、残念ながら事情があり、演奏はされないまま別の曲に差し替えられました。 もしかすると、私は意識して、橘川さんへの“返歌”を書くべきかもしれません。前だけを見ず、時には橘川さんという存在を顧みて、彼の音楽を心で思い返しながら、彼のための詩をと思って、新作を書いていいかもしれません。それが、いずれ開かれるだろう、第四回個展で初演されればと思います。(21回/1.31分 2.2アップ) 感情のほとばしりを感じます。ほとばしりが、音楽になるのだなと思います。 「今はない 街角の喫茶店/いつの間にか 消えていた」以下、曲の始めでは、詩唱で表現されました。その同じ言葉が、感情のほとばしりを得て、「今はない 街角の喫茶店/いつの間にか 消えていた」以下の歌になりました。 言葉に感情が伴うと、メロディが生まれ、リズムが生まれるという推測。その通りのことを、橘川さんの曲は実践しています。だからこそ、彼の音楽は、トロッタのあり方そのもの、典型だと思いました。他の方の曲がそうではないということではありません。他の方は他の方なりに、トロッタの可能性を実践しています。ただ、橘川さんは、初めに詩を書いて来ました。それが興味深いことと、私は記憶するわけです。“返歌”だといった点に、橘川さんの生真面目さ、創作意欲を感じます。 それならば、音楽になった詩を、もう一度、私の手で詩に戻すことも、興味深いと思われます。彼と共同作業をしていれば、詩が生まれて音楽になって、また詩が生まれて音楽になるという繰り返しです。結果的に、音楽の次に詩を書いているのですが、そのことの意味を意識し、方法として行ってはどうかと思うのです。 まだ、抽象的な話です。音楽を詩に戻すといっても、すぐにはできません。どうすればいいかもわかりません。それを、考えるわけです。『時の岬・雨のぬくもり』の先にある世界を、今度は音楽への返歌として書いてもいいでしょう。『うつろい』のその後を、続篇として書いてもいいでしょう。先に音楽があって、それに詩をつけることも、本来はあまり好きな方法ではないのですが、納得のゆく形にして行ってもいいかのでしょう。他にも、いろいろな形が考えられるはずです。彼は、模索しています。共同作業者の一方にだけ模索させて、私という他方は、あいもかわらず詩を書くだけでは怠慢というものです。トロッタにおける詩人は、従来の方法論に安住してはいません。(22回/2.1分 2.2アップ) 先に、中川博正さんと、詩唱を追究していきたいと書きました。その形が少しでも見えれば、橘川さんに取り入れてもらい、新曲の演奏形態としていいでしょう。例えば、こんな楽器があるから、それを生かして作曲しませんかと働きかけるのです。 折しも、今日、中川さんと、トロッタ11で試演する詩が決まりました。私の、『夜が来て去ってゆく』です。デュオらしく、ひとりではできない形を試みますが、例えばそれを、橘川さんの新曲に取り入れてもらうということです。 このようなことは、橘川さんにとどまりません。他の作曲家との作業も同様です。 詩も音楽も、完成形にしがみつかないこと。もちろん、詩作も作曲も、完成させるために行うのですが、できたからといって安心しません。一回の演奏で満足したくないのです。何度でも演奏を重ね、そのたびに模索をしたいと思います。よりよい変化なら、私は積極的に受け入れます。編曲だとも思いません。一回一回、創作であるべきです。 『うつろい』にせよ、演奏するたびに、演奏者の変化がありました。一度はオーボエを入れたヴァージョンをつくりました。トロッタ11では、オーボエはなく、上野雄次さんによる花いけが入り、『うつろい 花の姿』というタイトルになります。生きた人がしている音楽なのですから、ひとつの形にこだわる必要はありません。 だからこそ、私は橘川さんとの共同作業に、新しいスタイルを持ちこみたいのです。『うつろい』は、以前と同じ譜面を使って演奏するのですが、少しでも前と違う新しさを、『うつろい 花の姿』として、お聴かせできないものでしょうか。(23回/2.2分 2.3アップ) |