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■ 第8回 トロッタの会

わたしは瑠璃
わたしは紫苑
オリーブが実を結ぶころ
女たちは出会う
すり切れた衣を
吹く西風になびかせて

2009年5月31日(日)14時開演 13時30分開場
会場・新宿ハーモニックホール

『オリーブが実を結ぶころ』2009
作曲/成澤真由美 詩/木部与巴仁
ソプラノ/赤羽佐東子 ヴォーカル/笠原千恵美 フルート/高本直 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/田口薫 ヴィオラ/仁科拓也 チェロ/伊藤修平 ピアノ/徳田絵里子

『ピアノのための「変容」』1986/2003改訂
作曲/甲田潤
ピアノ/並木桂子

『詩歌曲「異人の花」』2009
作曲/橘川琢 詩/木部与巴仁
ヴォーカル/笠原千恵美 オーボエ/今西香菜子 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 コントラバス/丹野敏広 バンドネオン/生水敬一朗 詩唱/木部与巴仁 花生け/上野雄次

『砂の町』2008
作曲/田中修一 詩/木部与巴仁
ソプラノ/赤羽佐東子 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ピアノ/徳田絵里子

『蛇』2009
作曲/清道洋一 詩/木部与巴仁
ソプラノ/赤羽佐東子 ヴォーカル/笠原千恵美 フルート/高本直 オーボエ/今西香菜子 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/田口薫 ヴィオラ/仁科拓也 チェロ/伊藤修平 コントラバス/丹野敏広 ピアノ/森川あづさ

『縁山(えんざん)流声明と絃楽のための「四智讚(しちさん)」』1990
作曲/甲田潤
ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/田口薫 ヴィオラ/仁科拓也 チェロ/伊藤修平 コントラバス/丹野敏広 縁山流声明/小島伸方 縁山流声明/冨田浩雅 縁山流声明/夏見裕貴

『ピアノと絃楽四重奏のための「仮面の舞」』1996
作曲/今井重幸
戸塚ふみ代/ヴァイオリン 田口薫/ヴァイオリン 仁科拓也/ヴィオラ 伊藤修平/チェロ 森川あづさ/ピアノ

『日本組曲』1933
作曲/伊福部昭
ピアノ/山田令子

『めぐりあい 若葉』2008
作曲/宮崎文香 編曲/清道洋一 詩/木部与巴仁
出演者とお客様による合唱・合奏




オリーブが実を結ぶころ

木部与巴仁

わたしは瑠璃
わたしは紫苑

オリーブが実を結ぶころ
女たちは出会う
すり切れた衣を
吹く西風になびかせて
誰 あなたは
何処(どこ)から来たの
言葉もなしに
語り合う

わたしは瑠璃
わたしは紫苑

夢に見た
歩き続ければ何時(いつ)か
荒地の果てで
オリーブの木にたどりつく
わたしではない
もうひとりの女が
オリーブの木で待っている
瞳の色も
束ねた髪の色も違う
異国の女
男をなくしている

乳房に張りはなく
爪は色を失い
唇はひび割れた
目は鷹に似て
その口は生肉さえ食らうだろう
しかし
ふたりは女

焼けた面(おもて)を
青と赤の衣に隠し
オリーブに手を添えて
たたずんでいる
何処へ行くの
わからない
あなたこそ何処へ
言葉のない問いかけ
探すもの 求めるもの
女たちが永遠に
それは男

わたしは瑠璃
わたしは紫苑

知っている
この道は海に続く
知っている
この道は谷間に続く
それでもあなたは行くだろう
あてもなく
でも考えて御覧
あなたが探す男は
このオリーブの根に
深くからまれ
眠っているかもしれないよ

わたしは瑠璃
わたしは紫苑

オリーブが実を落とす
女たちはもういない
足跡も消えかけて
西風だけが吹いている


   *

『詩歌曲「異人の花」』
*詩歌曲「異人の花」は、「異人の花」と「異人の花・独白」で構成される。

  木部与巴仁

山蔭に隠れてある
特別養護老人ホームに棲む
祖母の花だと思う
紅く濡れて咲く
異人の花
本当の名を私は知らない

一九一四年生まれ
四十九歳の時 祖母は
誰にも告げず家を出
七日後に連れ戻された
花を握ったまま
婿養子の父にただされていた
薄暗い座敷で
襖の間から見ている
私は四歳

年若い男のもとに奔った
隣町に部屋を借りた
買い物姿を見かけた人がいた
知らせを受けた父が連れ戻した
相手は働きのない画家だった
あなたはこの家の人間じゃなくなった
父がいったという

知らされたのは小学生の時
同級生を名乗る匿名の手紙が届いた
花柄の便箋に書かれていた
幼いが女の文字だった
あなたのお祖母さんは別嬪さんです
いつまでも恥ずかしい
お父さんとお母さんが話していました
誰にも見せずに仕舞った

祖母とつくしを摘みに出かけた時
土手に花が咲いていた
いつかの座敷で
祖母が握っていたのと同じ
これ何という花?
異人の花よ
紅く濡れて咲く
本当の名を私は知らない


「異人の花・独白」

木部与巴仁

寝たままで見つめる
天井
窓の向こうには山
そして空

男次第
何もかも
女の人生なんてつまらない
あっちへ行って
またあっちへ行って
特別養護老人ホームにいる
老いた私

風が
窓に雨粒を叩きつける
黒い森が
揺れている

あなたはこの家の人間じゃなくなった!
思い出す言葉
いつ言われたのだろう
どうして言われたのだろう
私はひとり
初めからひとり
終わりまでひとり

カーテンの隙間からのぞき見る
窓の外に花が咲いていた
赤く濡れて
じっと待っている
不甲斐のない男たちだった
あきれるほど
だけど男だった

心の中が
時々ふっと白くなる
このまま消えてしまうかもしれない
消えればいい
でも
あの花の名前だけは
思い出したいと思っている

   *

砂の町

  木部与巴仁

黄土(おうど)が作る
家々の屋根を
はるかに望んで
もう何年
歩くのか
砂煙(けぶ)る
果てない旅に
私の心はひからびる
耳元に聞く
風の泣き声
いつか死んだ
あれは人の喚(おめ)きだろう
命が落ちていた
道なき道に
現われては消える
砂まぶれの骨

   *



  木部与巴仁

へびじゃ へびじゃというて
嫌うでない
へびであろうと 生き物じゃ
おぬしらと同じに 眼もあれば口もある
耳も鼻もあるのじゃわい

東京は国立(くにたち)のな 一橋(ひとつばし)いう大学を
知っておろうが 知らぬはずはないぞ
秋晴れの陽気に誘われて
昼寝でもせい うろこでも干そうかと
草の間から のっそりのそり
顔を出したとおぼしめせ
すると どうしたことかい
へびじゃ へびじゃというて
通りがかりの学生が 足をふりあげ
わしをつぶしにかかった
へびじゃ へびじゃ いうてなあ

聞くがええ 能登の国にはの
吹上げの瀧いうて
海に落ちる水が ごおごおと渦を巻き
逆あがりしてゆく瀧があるのじゃ
それはそれは すさまじい
わしは その瀧をな のぼったことがある
ついこの間 おしめが取れたばかりのような
にきび面した ひとの餓鬼めに
ふみつぶされるいわれはないわい
あわれや わしの身は
七つに折れて八つに曲がり
朽ち果ててしもうたわやい

へびじゃ へびじゃ 聞こえるぞ
そうじゃ わしらは へびなのじゃ
おぬしと変わらぬ 生き物よ
たましいがあるのじゃ
ふまれたらふみかえす
足はないがの
それくらいな 気負いは持っておる
忘れてはいかんぞよ

*以下の詩句は詩の意図を逸脱しない限り自由に詠まれる

へびじゃ
へびじゃ へびなのじゃ
へびじゃ
へびじゃ へびなのじゃ


へびが出た
出た出た へびじゃ
へびなのじゃ
また出た へびが
へびなのじゃ
出た出た へびじゃ


ふみつぶせ ふみつぶせ
ふみつぶせ ふみつぶせ
ふみつぶせ ふみつぶせ

ふみつぶせ ふみつぶせ

ふみつぶせ ふみつぶせ

ふみつぶせ ふみつぶせ

へびじゃ
へびじゃ 聞こえるぞ
へびじゃ
へびじゃ 聞こえるぞ
へびじゃ
へびじゃ へびなのじゃ
へびじゃ
へびじゃ へびなのじゃ

*以下の和歌は「蛇」のため、「万葉集」から作曲者が引用し、楽曲「蛇」に挿入された。

わしのすむ つくばのやまの もはきつの そのつのうえに あどもいて をとめ をとこの いきつどい かがふ かがひに ひとづまに われもまじらむ わがつまに ほかに こととえ このやまに うしわく かみの むかしより いさめぬ わざぞ きょうのみは めぐしもなみそ こともとがむな

(鷲の住む 筑波の山の 裳羽服津の その津の上に 率いて 未通女壮士の行き集い かがふ 歌会に 人妻も 吾も交らむ 吾が妻に 他に言問え この山に 頷く神の昔より 禁めぬ行事ぞ 今日のみは めぐしもな見そ 言も咎むな)

   *

めぐりあい 若葉

  木部与巴仁

若葉が街を染めるころ
わたしたちはめぐりあう

陽(ひ)がそそぐ
あふれるほどに
光の雨が
降りそそぐ

若葉が街を染めるころ
わたしたちはめぐりあう

いつか聞いた雨音が
教えてくれる
夏の歌
胸にしまった
遠い記憶

どこへ行くの?
わからない でも
わたしは生きられる
ありがとう
あなたの歌を聴いたから