■ トロッタ24 天(あめ)より落(お)つる我(われ) 女(おみな)の心(こころ)思(おも)う 何(なに)を祈(いの)り泣(な)く 囚(とら)われの我(われ)ならば汝(なんじ)の願(ねが)いかなえる術(すべ)なし 頭(こうべ)を垂(た)れる理(ことわり)もなし 疾(と)く去(さ)れ 何處(いずく)なりと消(き)え失(う)せよ 嗚呼(ああ) --「天死 -あめのし- 」より 田中修一「タンブラン・ネプタ」【2000 / 2005】 〈作曲*田中修一〉 ギター*土橋庸人 キベダンス*木部与巴仁 La Nouvelle Chanson de QUITSCAWA Migacou Op.82より 「都会の花・叙情篇」【2016・初演】 〈作曲*橘川琢 詩*木部与巴仁〉 バリトン*根岸一郎 ピアノ*森川あづさ 「朗読と室内楽のためのポエジー第三番 愛の肖像」【2016・初演】 〈作曲*堀井友徳 詩*木部与巴仁〉 詩唱*木部与巴仁 ヴァイオリン*池田開渡・戸塚ふみ代 ヴィオラ*伊藤美香 チェロ*坂井武尊 「エスノローグNo.9 “ダナキル砂漠の男”~木部与巴仁の詩に依る」【2016・初演】 〈作曲*田中修一 詩*木部与巴仁〉 ソプラノ*赤羽佐東子 ファゴット*岩岡翔子 コントラバス*伊藤翔匠 コンガ*稲垣佑馬※コンガ稲垣氏をピアノの前に移動 ピアノ*森川あづさ 「天死 -あめのし-」【2016・初演】 〈作曲*高橋通 詩*木部与巴仁〉 バリトン*根岸一郎 詩唱*木部与巴仁 オーボエ*三浦舞 ヴァイオリン*戸塚ふみ代・池田開渡 コントラバス*伊藤翔匠 ギター*土橋庸人 ミュージカル・ソウ*おぎ原まこと 「FENOMENO CHIRAL-(b) per Marimba e Pianoforte,Batteria」【2016・改訂版初演】 〈作曲*酒井健吉〉 マリンバ*稲垣佑馬 マルチ・パーカッション*川島瑛子 ピアノ*森川あづさ 「馬酔木哀傷歌(森IV)」【2015・初演】 〈作曲*田中隆司 歌*大津皇子・大伯皇女/「万葉集」より〉 ソプラノ*福田美樹子 バリトン*根岸一郎 フルート*斉藤香 クラリネット*藤本彩花 ピアノ*森川あづさ 室内楽曲《短編文学集》「夢十夜・抄 ―夏目漱石の短編よりー」Op.76-3【2016・初演】 〈作曲*橘川琢〉 ヴァイオリン*戸塚ふみ代 ヴィオラ*伊藤美香 ピアノ*森川あづさ 「磐笛のための賦」(クラリネット・バージョン)【2012・初演】 「バンシ―ズ ララバイ 」(クラリネット・バージョン)【2011・初演】 〈作曲・田中聰〉 クラリネット*藤本彩花 詩唱・キベダンス*木部与巴仁 伊福部昭没後十年企画 「頌詩・オホーツクの海」【1958 / 2014編作初演】 〈作曲*伊福部昭 編作*田中修一 詩*更科源藏〉 指揮*田中修一 ソプラノ*赤羽佐東子 アルト*菅沼安佐代 テノール*根岸一郎 バス*砂田直規 オーボエ*三浦舞 ファゴット*岩岡翔子 チェロ*坂井武尊 コントラバス*伊藤翔匠 ピアノ*森川あづさ * 都会の花・叙情篇 木部与巴仁 夜 朝 昼 朝 愛がほしくて 街を歩いていた私 ひとり 夜 夜 朝 昼 夜 朝 昼 夜 愛を探して あてなく彷徨うあなた いつ? 昼 朝 夜 朝 夜 朝 愛していた私 悲しかったあなた あなたと私 この街のどこに * 雨 風 雪 雲 あなただけを そう願っていた私 心から 雲 雨 雪 風 風 雪 雲 雨 私を見つめ 涙を浮かべたあなた 美しく 雪 風 風 雲 風 雨 あなたと私 あなたは ひとり 私も ひとり この街のどこに * 花 月 鳥 星 目を閉じれば 思い出がよみがえる ほら 月 星 鳥 花 花 星 鳥 月 道行けば 街角にたたずんでいる 面影 月 花 星 鳥 月 花 好きだった 何もかも思い出 ふたりだけの この街のどこに (2016.8.13) * 愛の肖像 木部与巴仁 気が遠くなるほど ゆるやかな一瞬のきらめき 夏の始まりと 冬の終わり 花は咲きながら散り ほとばしる私の思いは 受け止められず 決して受け止められずに凝固する その国は 光を人が浴び 息を花や草が吸う 枯れ果てても咲いている お前は誰 得体の知れぬ影よ いつから 死んでいたのか * 横たわる 裸の女を私は知らない 白く広がった背中は もう 荒野だ ひとり行く 旅人の私 においたつ 甘やかさとすべてを拒む 劇しさ 女だから 運命の切り通しを 命がけで歩いてきたに違いなかった 何もいわず 問いかけもせず 理解したくてもできない ただ 触れる * 投げつけられた 空の形は 終わりという名の始まり そこにあるのにどこにもない 記憶 のぞきこんだ 女の底に見える血は すくいあげてもこぼれてしまう 涙 鳥たちは 落ちながら舞い 飛び去ろうとする 蒼ざめ 声もなく おまえの足もとに広がる 最果ての時へ やっと逢えたのに 拒むのだね 咲く一輪の花は燃える 私の手の中で (2015.11.16) * ダナキル砂漠の男 木部与巴仁 生きて戾った男がいった そこにこの世の始まり 人はゐない そこにこの世の終はり 人はゐない 男は夜明けを見ずに死んだ 生きて戾った男がいった 引き裂かれの大地 塩の石 溶けた岩がおまへを呑みこむ 世界は赤 なほ生きたしと思ふおまへは死人(しびと) 火の海 彩(あや)なる泉 人殺しの砂漠 煙吹く山 見たしと思へど 見れば 瞬く間に死ぬ 詩(うた)を詠む男がいった 女でもない男でもない 誰だったのか 女と男になる前の 生命(いのち)か 男は元の砂漠に戾っていった 笑む者よ聞け おまへの体は崩れるだらう 塩となる 大地に戾る 土塊(つちくれ)こそおまへの 眞(まこと)の形 火の海に入(い)り 彩の泉でよみがへれ (2015.10.21) * 天死 —あめのし— 木部与巴仁 天(あめ)より落(お)つる我(われ) 地(ち)の者(もの)どもに囚(とら)われて 永(なが)の歳月(としつき)過(す)ごす也(なり) 手鎖(てぐさり)されて巌(いわお)につながれ 足枷(あしかせ)されて巌(いわお)に留(とど)めらる 風(ふう) 雷(らい) 雨(う) 雪(せつ) 霜(そう) 我(われ)を苦(くる)しめ蝕(むしば)みて ひび割(わ)れ黒(くろ)く惨(むご)きありさま かつて 白(しろ)くなめらかなりし わが肌(はだえ) 嗚呼(ああ) 女(おみな)あり 何處(いずく)より来(きた)る わが前(まえ)に跪(ひざまづ)き 祈(いの)り続(つづ)けん 両手(もろて)を合(あ)わせ涙(なみだ)す 言葉(ことば)なし 腰(こし)まで垂(た)れし黒髪(くろかみ)は もつれあいて若布(わかめ)の如(ごと) 爪(つめ)伸(の)びて捻(ねじ)れ 獣(けもの)の手先(てさき)爪先(つまさき)に似(に)る 醜(みにく)く怪(あや)しきことこの上(うえ)なし されどその眼(まなこ)に 一点(いってん)の光(ひかり)あり 青(あお)し 天(あめ)より落(お)つる我(われ) 女(おみな)の心(こころ)思(おも)う 何(なに)を祈(いの)り泣(な)く 囚(とら)われの我(われ)ならば汝(なんじ)の願(ねが)いかなえる術(すべ)なし 頭(こうべ)を垂(た)れる理(ことわり)もなし 疾(と)く去(さ)れ 何處(いずく)なりと消(き)え失(う)せよ 云(い)わんとすれど 我(わ)が舌(した)は既(すで)に抜(ぬ)かれ 言葉(ことば)にならず 嗚呼(ああ) 我(われ)らの上(うえ)に 幾歳月(いくとしつき)は流(なが)れしぞ 女(おみな) 既(すで)に動(うご)かず 我(わ)が身(み)に自由(じゆう)なし 女(おみな) もはや土塊(つちくれ) 我(わ)が身(み)はいまだ巌(いわお)の囚(とら)われ 女(おみな) 黒髪(くろかみ)の束(たば)のみ残(のこ)す 我(わ)が身(み)は鳥獣(とりけもの)の餌食(えじき)としてある 生(い)きながらの屍(しかばね) 死(し)にたしと思(おも)えど死(し)ねず 世(よ)のすべて失(う)せれば難儀(なんぎ)もすべて失(う)せるなり 何(なに)もかも藻屑(もくず)に 愚(おろ)かなる地(ち)の者(もの)ども死(し)ね 叫(さけ)べど聞(き)く者(もの)なし 今(いま)しも数(かず)知(し)れぬ虫(むし)が 我(われ)を食(く)わんと這(は)いずり来(きた)る かさこそ かさこそ かさこそ かさこそ 食(く)うにまかせん 青光(あおびか)りす 女(おみな)の眼(まなこ) 思(おも)いつつ (2016.7.28) * 馬酔木哀傷歌(森IV) 万葉集より [I] 大津皇子竊(ひそか)に伊勢神宮に下りて上り来ましし時大伯皇女の作りませる歌二首。 (秋の章)大伯皇女(おほくのひめみこ) わが背子(せこ)を大和へ遣(や)るとさ夜深(ふ)けて 暁(あかとき)露(つゆ)に吾が立ち濡れし 二人行けど行き過ぎ難き秋山を いかにか君がひとり越ゆらむ [II] 大津皇子被死(みまか)らしめらえし時、磐余(いはれ)池の般(※禁則処理つつみ)にて涕を流し作りませる歌一首。 (冬の章)大津皇子 百伝(ももづた)ふ 磐余(いわれ)の池に鳴く鴨を 今日のみ見てや雲隠れなむ 大伯皇女 神風(かむかぜ)の伊勢の国にもあらましを なにしか来けむ君もあらなくに 見まく欲(ほ)り我がする君もあらなくに なにしか来けむ馬疲るるに [III] 大津皇子の屍(みかばね)を葛城(かつらぎ)の二上山(ふたかみやま)に移し葬(ほふ)りし時、大伯皇女の哀傷して作りませる歌二首。 (春の章)大伯皇女 現身(うつそみ)の人なる吾や明日よりは 二上山を 弟(いろせ)と吾が見む 磯の上(うへ)に生(お)ふる馬酔木(あしび)を手折(たお)らめど 見すべき君がありと言はなくに (2015.12.16) * オホーツクの海(原詩「怒るオホーツク」) 更科源藏 暗澹たる空の叫びか 滅亡の民が哀しい喚声の余韻か オホーツクの海 モシリバの巨鳥は 今もなお羽搏くのだ 民族は何だ種族とはと 海は風にのみググウンと怒るのか 逆立つ牙は恥ずべき不徳の足跡を 削ろうとするのか 非道の歴史を洗い拭おうとするのか オホーツクの海 石器は滅び骨は朽ち 興亡の丘に蝦夷百合は乱れる 暴風雨は遠い軍談を語り 敗北の酋長が眠る森蔭の砦に 穴居の恋を伝えて咲く浜薔薇は赤く 濡れた海鳥の歌うのは何の挽歌だ オホーツクは怒る |