■ 第23回 トロッタの会

人あれど交はらず
人見ゆれど人はなし
人語れどわれに語らず
われひとり
蟲とゐる

銀(しろがね)冴えて
水面(みなも)は光る
他人の心に月を見る
「乃可勢獨影」より

2016年6月11日(土)16時開演 15時30分開場
会場・早稲田奉仕園 リバティホール

La Nouvelle Chanson de QUITSCAWA Migacou「ラ・ヌーヴェル・シャンソン」Op.82より
「傷つけもせず」【2016・初演】
〈作曲*橘川琢 詩*木部与巴仁〉

「明日の歌を」(2016・初演】
〈作曲・詩*橘川琢〉
バリトン*根岸一郎 ピアノ*河内春香

「森 III」【2015・初演】
〈作曲*田中隆司 詩*木部与巴仁〉
バリトン*根岸一郎 詩唱*木部与巴仁 オーボエ*三浦舞 ピアノ*河内春香

「Hydrogen燐舞曲」【2016・初演】
〈作曲*酒井健吉 詩*木部与巴仁〉
キベダンス*木部与巴仁 ソプラノ*福田美樹子
フルート*佐藤花菜 オーボエ*三浦舞 クラリネット*藤本彩花 ファゴット*岩岡翔子
チェロ*田中里奈 コントラバス*丹野敏広 打楽器*日比彩湖 ピアノ*森川あづさ

エリック・サティ生誕150年記念演奏
「右と左に見えるもの(眼鏡なしに)」【1914】
ヴァイオリン*戸塚ふみ代 ピアノ*河内春香

「三つの歌曲」〈編作*酒井健吉〉
「ブロンズ蛙」La Statue de Bronze【1916】
「ダフェネオ」Dqphénéo【1916】
「帽子屋」Le Chapelier【1916】
バリトン*根岸一郎
フルート*佐藤花菜 オーボエ*三浦舞 クラリネット*藤本彩花 ファゴット*岩岡翔子 ピアノ*河内春香

「三つの別のシャンソン」〈編作*酒井健吉〉
「シャンソン」Chanson【1887】
「中世風のシャンソン」Chanson Médiévale【1906】
「花々」Les Fleurs【1886】
ソプラノ*福田美樹子
フルート*佐藤花菜 オーボエ*三浦舞 クラリネット*藤本彩花 ファゴット*岩岡翔子 ピアノ*河内春香

「空の死」【2016・初演】
〈作曲*高橋通 詩*木部与巴仁〉
ソプラノ*福田美樹子 バリトン*根岸一郎 詩唱*木部与巴仁
クラリネット*藤本彩花 ファゴット*岩岡翔子
ヴァイオリン*戸塚ふみ代 チェロ*田中里奈 コントラバス*丹野敏広
ミュージカル・ソウ*おぎ原まこと コンガ*日比彩湖 ピアノ*河内春香

室内楽曲《短篇文学集》「真夏の死 ―三島由紀夫の短編より―」
ヴァイオリンとヴィオラ、ピアノによる Op.76-2【2016・初演】
〈作曲・橘川琢〉
ヴァイオリン*戸塚ふみ代 ヴィオラ*伊藤美香 ピアノ*森川あづさ

朗読と室内楽のためのポエジー第二番「黒い翅」【2013/2016改訂初演】
〈作曲・堀井友徳 詩・木部与巴仁〉
詩唱*木部与巴仁 クラリネット*藤本彩花 チェロ*田中里奈 打楽器*日比彩湖 ピアノ*河内春香

「エスノローグNo.8 “乃可勢獨影”~木部与巴仁の詩に依る」【2015・初演】
〈作曲・田中修一 詩・木部与巴仁〉
ソプラノ*赤羽佐東子 アルトフルート*佐藤花菜 コントラバス*丹野敏広 ピアノ*森川あづさ

「Moment in Time 一瞬のかたち」【2016・初演】
ダンス*田野日出子 ヴィオラ*伊藤美香

舞踊曲「ディア・ダンサー」【2015・初演】
〈作曲・田中修一 詩・木部与巴仁〉
キベダンス*木部与巴仁 ソプラノ*赤羽佐東子 ファゴット*岩岡翔子 カホン*日比彩湖 コントラバス*丹野敏広 ピアノ*森川あづさ




*第23回「トロッタの会」全詩です。作曲者の意図などにより、詩と音楽に相違する場合がありますことをご了承ください。

傷つけもせず
木部与巴仁

理由(わけ)もいわず
あなたは消えた
なぜ?
あんなに楽しく
  歩いたのに
あんなに優しく
話したのに
いえない何が
心にあったの?

贈ったマフラーに
涙したあなた
好きだった
でも
傷つけたくなかった

どこまでも歩いた
初めての街
尽きない人混みに
  見失いそうで
振り返っては確かめた
あなたの姿
伏し目がちに歩いていたね
覚えていない
駅でかわした
最後の挨拶
思い出そうとして
  思い出せない

傷つける言葉のひとつさえなく
まぶたの裏で遠去かる
マフラーの赤
遅かった
もう
あなたと私の
  何もかも
(2016.1.15)



明日の歌を
橘川 琢

悲しい時には 空を見上げて
一人 明日を 夢に描いた
歩みはじめる 遠い旅路を
夢のともしび 心にかかげて

雨降る夜も 寂しいときも
ともに歩こう 夢を追いかけ
嬉しい時は 君に語ろう
希望を胸に 空を見上げて

  喜び満ちて 春風 微笑み 
  緑かがやく 夏の 樹々を見上げて
  秋風そよぐ 道を 駆け抜け
  冬の木立の 向こうに 春想う

明日を信じて ともに歩こう
希望を胸に 星を見上げて

  涙こらえて 夜を さまよう
  苦しみの中 ゆれる 面影
  孤独みつめて 人を 愛して
  悲しみの果て 夢を 叫んだ



時は流れて 明日に追いつき
旅の終わりに 涙があふれ 
昨日の夢を ともに抱(いだ)いた
今日を 祈ろう  君と 祈ろう

時は流れて 我ら去りゆく
夢に刻んだ 思い託して
歩き続ける 遠い彼方へ
歌い続ける 「明日の歌」を

時は流れて 我ら消えゆく
歌を遺(のこ)して 「明日の歌」を

La La La  La La La La ……

我ら旅立つ 永遠(とわ)の明日へと
歌い続ける 「明日の歌」を

永遠(とわ)に継がれる
「明日の歌」を
(2016.5.29)



百年森
木部与巴仁

 《一》
みぞれ雪
彼奴(きゃつ)が来る
私を殺しに

眼(まなこ)閉じ
ランプを見る
血の赤 肉の赤

疲れた男が
ふと思い出す
口づけの味

もう吹雪かと
独(ひと)り言(ご)つ
倒錯者の我(われ)

まだ世界はあるか
背を向けて
誰に問う人

女には苦しめられた
いや違う
母を苦しめた

雪の冷たさ
水の冷たさ
私の冷酷

 《二》

夜が駈ける
女が待つ

窓を開ければ空
飛び降りる自由が掌にある

復讐の言葉もて
女の前に立とうと思う

あれほどに若かった世界がもう
皺だらけだ

冬に向かって旅に出る
誰が私が

その腰のむごさゆえに
お前は女なのだ

忘られぬ肌
母よ母よの喚(おめ)き

女が餓(かつ)えていた
心動かぬ せせら笑い

これまでと思うのに
もう何度聴く 女の悲鳴

 《三》
廃屋
声をあげる男がいた
幾度の逢瀬
どうしてこんな私なのだ
死にたい遊び
死んでは生きて
切りがなかった私たち

空っぽの心に
いっぱいの欲
後悔だけの人生を
後悔と思わず

廃屋
しみだらけの天井
刹那の汚辱
私がもてあそぶ私
その一瞬に
男が必要だった
終われば
真っ暗な部屋に青空が見える

罪人(つみびと)
私とおまえの
科(とが)を拾う
ここは何処(どこ)
(2015・2・22)



Hydrogen燐舞曲のために
木部与巴仁

まねく
リン中毒
言語障害

わたしの恋は
無色腐魚臭
あなたの恋は
自然発火

極めて毒性が強く(許容量 0.3ppm)
吸入すると肺水腫や昏睡状態に陥る

骨が
歩行障害
壊れやすく

世界の愛は
無色腐魚臭
宇宙の愛は
自然発火

融点-134℃
沸点-87.8℃
密度 1.379g/L (気体 25℃)

未来を求めた
無色腐魚臭
過去を求めた
自然発火

食中毒やチフスに似た症状を呈する

心を裏切る
無色腐魚臭
身体を裏切る
自然発火

視覚障害
なる
可燃性
慢性中毒
同じ症状
ほか
爆発性
人体への影響
などと同じ

粘膜刺激症状がないため急性致死中毒が起こりやすい
おまえ
(2016.1.7)



エリック・サティ生誕150年記念企画
Trois Mélodies 三つの歌曲
La statue de bronze ブロンズがえる(1916)
Léon-Paul Fargue レオン・ポール・ファルグ
訳 支倉寿子

La grenouille du jeu de tonneau
トノゲームのブロンズがえる
S'ennuie,le soir,sous la tonnelle;
夕べになれば緑のアーチの下でうんざり
Elle en a assez dêtre la statue
こんな所に口あけて、大口あけて
Qui va prononcer un grand mot, Le Mot...
突っ立っているのはもうあきあき
Elle aimerait mieux être avec les autres
そんなら いっそ みんなと一緒に
Qui font des bulles de musique
月の石鹸とかして
Avec le savon de la lune.
シャボン玉メロディーふいているのがずっとまし。

Au bord du lavoir mordoré
枝の間に光ってみえる
Qu'on voit là-bas luire entre les branches.
ブロンズ色の洗濯場
On lui lance à cœur de journée,
縁に立ってるかえるめがけて
Une pâture de pistoles
あとからあとから
Qui la traversent sans lui profiter
コインがとんでくる。
Et s'en vont sonner dans les cabinets
コインはかえるにゃ役立たぬ
De son piédestal numéroté.
台座の箱にチャリンと落ちるだけ
Et le soir les insectes couchent
おまけに夕べにゃ虫までが
Dans sa bouche.
口の中で寝る始末。

DAPHÉNÉO ダフェネオ(1916)
M.God M.ゴッド
訳 支倉寿子

Dis-moi, Daphénéo, quel est donc cet arbre dont les fruits sont des oiseaux qui pleurent?
何なの、ダフェネオ、ねえ、あの木は? 鳴いてるトリがなってるあの木。
Cet arbre, Chrysaline, est un oisetier.
この木かい、クリザリス、これはトリの木。

Ah!... Je croyais que les noisetiers donnaient des noisettes, Daphénéo.
そう!……クリの木にはクリがなるのかと思ってたわ、ダフェネオ。
Oui, Chrysaline, les noisetiers donnent des noisettes, mais les oisetiers donnent des oiseaux qui pleurent.
そうさ、クリザリヌ、クリの木には、クリがなるよ、でも、トリの木には鳴くトリがなるのさ
Ah!...
そうなの!……

LE CHAPELIER 帽子屋(1916)
René Chalupt ルネ・シャリュプト
訳 支倉寿子

Le chapelier sétonne de constater
帽子屋はおどろいた
Que sa montre retarde de trois jours,
時計が3日もおくれてる、
Bien qu, il ait eu soin de la graisser toujours
いつも一番いいバタを
Avec du beurre de prèmiere qualité.
さしているにもかかわらず。

Mais il a laissé tomber
でもパン屑を歯車の中に
Des miettes de pain dans les rouages,
落としちゃったのさ、
Et il a beau plonger sa montre dans le thé,
紅茶の中に時計を浸してみたけれど
Ça ne la fera pas avancer davantage.
ちっともすすみはしなかった。

三つの別のシャンソン Trois autres mélodies de
CHANSON シャンソン
J.P.Contamine de Latour J.P.コンタミーヌ・ド・ラトゥール

Bien courte, hélas! est l'espérance
ああ! 何と足早(あしばや)なもの、希望とは
Et bien court aussi le plaisir
喜びも足早に過ぎていく、それらは
Et jamais en nous leur présence,
絶対に私たちの中にとどまらなかった
Ne dura tant que le désir.
いかに乞い願おうと。

Bien courte hélas! est la jeunesse
ああ! 青春の何と足早なこと
Bien court est le temps de l'amour
愛の時も足早に過ぎていく
Et le serment d'une maîtresse
そして惚れた女の愛の誓いも
Ne dura jamais plus d'un jour.
絶対に一日以上は守られなかった。

Celui qui met toute sa joie
恋人に喜びのすべてと
Et son espoir en la beauté,
期待を賭ける者は、
Souvent y laissant sa gaité.
しばしばそこに楽しみを置き忘れ、
D'un dur souci devient la proie.
辛い心配事に取りつかれる。

CHANSON MÉDIÉVALE 中世風のシャンソン
Catulle Mendès カチュル・マンデス

Comme je m'em retournais de la fontaine avec ma servante
召使を連れて泉から帰ってきたとき、
Un chevalier avec son écuyer passa par le chemin
一人の騎士が召使を従え、道を通りすぎました。
Je ne sais si l'écuyer s'inquiéta de ma servante,
その従者が召使を気にかけたかどうかは知りませんけど、
Mais le chevalier s'arrêta pour me regarder à l'aise
騎士は足を止め、私をしげしげと見つめました
Et il me regarda d'une telle ardeur que je crus dans ses yeux
あまりに激しく見そめられたので
voir briller son coeur.
私はその眼の中に、あの方の心の輝きを見る思いがしました。

LES FLEURS 花々
J.P.Contamine de Latour J.P.コンタミーヌ・ド・ラトゥール

Que j'aime à vous voir, belles fleurs
美しい花々よ、僕は大好き、夜明けに
À l'aube entr'ouvrir vos corolles
花冠を半ば開いた君たちを眺めるのが、
Quand Iris vous fait de ses pleurs
そのとき虹の女神(イリス)はその涙で
De transparentes auréoles
君たちに透明な後光をつくる。

Vous savez seules dans nos coeurs
君たちだけが僕らの心に
Évoquer une tendre image 優しい幻影を呼び起こさせることができる
Et par vos suaves couleurs
甘美な色彩で、君たちは僕らに
Vous nous partez un doux langage
優しい言葉を送ってくる。

Aussi messagères d'amour
されば愛の使者たちよ
Je vous demande avec tristesse
僕は心悲しく君たちに尋ねる
Pourquoi le sort en un seul jour
なぜ運命はわずか一日だけで
Vous arrache à notre tendresse.
君たちを優雅さから引き離すのかと。



空の死
木部与巴仁

空にある死
海の色に染められて
ただよいながら
何を歌う
はかなくて
雲にまぎれる
命のあかし 今はなく
呼ぶれば応う 声もなし
生は遠く
何よりも遠く
唯あかときにおぼろなる
面影を見む心地する
空の死
若き日の死
(2016.1.28)



黒い翅(はね)
木部与巴仁

燃える翅
黒くはかない
女の背に
生えては落ちる
つまみあげ
燃やしている

揺れる光に包まれて
消える
黒い翅は
跡も残さず

 *

女にはいわず
私は隠し持っている
一枚の翅を
見つけたのだ
昼下がりに
小さな部屋の片隅で
ガラスの瓶にしまってある
証(あかし)として
はかなくても
感じていたいから
女は
知っているかもしれない

 *

つかまえていて
消えてしまいそうだから
女が
笑っている
その頬に落ちた
涙のしずく
翅が
私を消すよ
消えてもいい
あなたが
つかまえていてくれないなら
なぜだろう
私は返事をしなかった

 *

指を立て
かすかに感じる爪で
女の背を
たどっていた
じっとして動かず
裸の身をまかせている
かすかな気配に
口づける
ほのかな匂い
小さな
あまりに小さな感触に
黒い
翅のありかを知る
(2013.5.30)



乃可勢獨影
木部与巴仁

人あれど交はらず
人見ゆれど人はなし
人語れどわれに語らず
われひとり
蟲とゐる

泣きて知る わが心
恨みて知る わが心
怒(いか)りて知る わが心

銀(しろがね)冴えて
水面(みなも)は光る
他人の心に
月を見る

汚泥の道
こはいづこ
病葉(わくらば)の森
こはいづこ
死にかけの池
こはいづこ

野風吹くいまはの際の夕闇に
遠つ國びと舟をこぎ出づ

笑み知らず
喜び知らず
われひとり
蟲とゐる



亂譜 鹿踊
木部与巴仁

土は鈍色(にびいろ)
空は碧(あを)
地面に墜ちた
鳥影(とりかげ)を
さらってゆくのは誰
海は群青
風は黒
眠れない
百日の夜が過ぎてゆく
私の心を

瓦礫の町に
太鼓が響く
踊りの影が足を踏む
瓦礫の町に
歌が聽こえる
魂よ鎭まれかしと
ただひとり
瓦礫の町に
踊る影
ひとあし ひとあし
瓦礫を分けて
終はりも知らず呼びかける

聲はなく
風として歌ふ
聲はなく
風として舞ふ
聲はなく