■ 第22回 トロッタの会

あの日、私は花だった
「朝焼けは幻」
あの日、私は咲いていた
「雨となり降る焔に」
あの日、私は花だった
「焼かれ燃え尽き」
あの日、私は何処にいた
「跡形もない」
あの日、私は花だった
「残酷な冷たさ」
「転生の花」より
2015年11月14日(土)16時開演 15時30分開場
会場・早稲田奉仕園 リバティホール

「蜃気楼-芥川龍之介の短編より-」【2015・初演】
〈作曲・橘川琢〉
ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ピアノ/森川あづさ

「森 II」【2015・初演】
〈作曲・田中隆司/詩・木部与巴仁「百年森(3)より」〉
バリトン/根岸一郎 フルート/斉藤香 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ピアノ/河内春香

「CHIRAL per Marimba e Pianoforte」【2015・初演】
〈作曲・酒井健吉〉
マリンバ/稲垣佑馬 ピアノ/河内春香

「死のピクニック」【2015・初演】
〈作曲・高橋通/詩・木部与巴仁〉
バリトン/根岸一郎 詩唱/木部与巴仁 クラリネット/藤本彩花
ヴァイオリン/戸塚ふみ代 チェロ/田中里奈 ピアノ/森川あづさ

詩歌曲「転生の花」【2015・改訂初演】
〈作曲・橘川琢/詩・木部与巴仁〉
ソプラノ/赤羽佐東子 詩唱/木部与巴仁
フルート/佐藤花菜 オーボエ/三浦舞 クラリネット/藤本彩花 ファゴット/岡田志保
ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/住廣奈津美 ヴィオラ/神山和歌子 チェロ/田中里奈 コントラバス/金紗愛

朗読と室内楽のためのポエジー「蝶の記憶」【2011・オリジナル版初演】
〈作曲・堀井友徳/詩・木部与巴仁〉
詩唱/木部与巴仁
フルート/佐藤花菜 オーボエ/三浦舞 クラリネット/藤本彩花 ファゴット/岡田志保

エスノローグNo.5"佛陀"〜萩原朔太郎の詩に依る【2015・初演】
〈作曲・田中修一/詩・萩原朔太郎〉
ソプラノ/赤羽佐東子 ファゴット/岡田志保 コントラバス/金紗愛 ピアノ/森川あづさ

エリック・サティ没後90年記念演奏【2015・編作初演】
〈作曲・エリック・サティ/編作・田中修一〉
「潜水人形」(1923)
「エンパイア劇場の歌姫」(1900頃)
「スポーツと気晴らし」(1914)
ソプラノ/福田美樹子 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/住廣奈津美 ヴィオラ/神山和歌子 チェロ/田中里奈 コントラバス/金紗愛

「黒板拭きに夜が来た」【2015・初演】
〈作曲・酒井健吉/詩・木部与巴仁〉
キベダンス/木部与巴仁 詩唱/ 根岸一郎
クラリネット/藤本彩花 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 コントラバス/金紗愛 打楽器/稲垣祐馬 ピアノ/森川あづさ




*第22回「トロッタの会」全詩です。作曲者の意図などにより、詩と音楽に相違する場合がありますことをご了承ください。

百年森 *「森Ⅱ」のために(「百年森(3)より)
木部与巴仁

 《一》
みぞれ雪
彼奴(きゃつ)が来る
私を殺しに

眼(まなこ)閉じ
ランプを見る
血の赤 肉の赤

疲れた男が
ふと思い出す
口づけの味

もう吹雪かと
独(ひと)り言(ご)つ
倒錯者の我(われ)

まだ世界はあるか
背を向けて
誰に問う人

女には苦しめられた
いや違う
母を苦しめた

雪の冷たさ
水の冷たさ
私の冷酷

 《二》

夜が駈ける
女が待つ

窓を開ければ空
飛び降りる自由が掌にある

復讐の言葉もて
女の前に立とうと思う

あれほどに若かった世界がもう
皺だらけだ

冬に向かって旅に出る
誰が私が

その腰のむごさゆえに
お前は女なのだ

忘られぬ肌
母よ母よの喚(おめ)き

女が餓(かつ)えていた
心動かぬ せせら笑い

これまでと思うのに
もう何度聴く 女の悲鳴

 《三》

廃屋
声をあげる男がいた
幾度の逢瀬
どうしてこんな私なのだ
死にたい遊び
死んでは生きて
切りがなかった私たち

空っぽの心に
いっぱいの欲
後悔だけの人生を
後悔と思わず

廃屋
しみだらけの天井
刹那の汚辱
私がもてあそぶ私
その一瞬に
男が必要だった
終われば
真っ暗な部屋に青空が見える

罪人(つみびと)
私とおまえの
科(とが)を拾う
ここは何処(どこ)
(2015・2・22)



死のピクニック
木部与巴仁

運命の河岸が待っている
私を 私の命を握って
灰色雲の切れ間から
かすかに覘く青空さえ
もう味方ではない
敵 この世のあらゆるものたちが

釣竿を肩にかけた男よ
知らぬ顔してどこへ行く
そんなに私を無視するから
足元に落ちた影にも気がつかない
ポケットに両手を入れた男よ
硬い背中でどこへ行く
そこは日陰だ
陽の当たる場所まで出るがいい

明日をも知れない
死のピクニック
籐籠(とうかご)の食べものが
誰の命を奪うのか
知る物はなかった

ここは男たちの断崖
生きて帰れる者のひとりもいない
もう何人
悲鳴を聞いた?
もう何人
黒い影が宙に踊った?
ここは男たちの断崖
足すべらせて
地獄の底に叩きつけられるのを
女が黙って眺めている
猫を抱いて
(2015・7・17)

転生の花
木部与巴仁

あの日、私は花だった
「朝焼けは幻」
あの日、私は咲いていた
「雨となり降る焔に」
あの日、私は花だった
「焼かれ燃え尽き」
あの日、私は何処にいた
「跡形もない」
あの日、私は花だった
「残酷な冷たさ」

あの日、私は花だった
「再びの愛を」
あの日、私はひとりだった
「欠片になったこなごなの世界」
あの日、私は花だった
「明日などいらない」
あの日、私は此処にいた
「立ち尽くす」
あの日、私は花だった
「明日などない」
あの日、私は幸せだった
「今日だけあれば」

あの日、私は愛していた
「太陽は落ちたまま」
あの日、私は花だった
「瞼を閉じる永遠に」
あの日、私は幸せだった
「夢を見る最果ての国で」
あの日、私は花だった
「抱いてほしい」
あの日、私は花だった
「夜が来る前に」
(2014・12・14)



蝶の記憶
木部与巴仁

遠い昔に
海を渡った蝶がいる
どこかにある
見えない陸(おか)を求めて
蝶は
風に乗る
朝にはもう少しと思い
夜にはまだ飛べると思う
波に濡れ
輝きを増してゆく
紫の翅(はね)

この陸に
私の仔を産もう
荒波に割れ
猛り狂った断崖に
蝶は翅を休め
静かな気持ちで
生命(いのち)の種を落とす
容赦なく
陽に焼かれた翅は
あざやかに
紫の炎を噴き上げた

蝶が蝶として生き
死に変わる
無限の時
鳥になる蝶がいた
魚になり
獣になる蝶がいた
蜥蜴(とかげ)になった
貝になった
翅を落とし
異なる生命(いのち)に
蝶たちは身をまかせる

あれは遠い
冬の夜(よ)の思い出

人になって私に逢う前
あなたはどんな姿だったの?

戯れの問いに
あなたは答えた

蝶かもしれない
海を渡ってやって来た
紫の翅を持つ
蝶だと思う

あれは遠い
北の町の思い出
あの時のあなたは
もういない
(2010・4・29)



佛陀 或は 世界の謎
萩原朔太郎

赭土(あかつち)の多い丘陵地方の
さびしい洞窟の中に眠つてゐるひとよ
君は貝でもない 骨でもない 物でもない。
さうして磯草の枯れた砂地に
ふるく錆びついた
  時計のやうでもないではないか。

 ・“Sabba pāpassa akaranam
「一切の罪を犯さぬこと」
 ・ kusalassa upasampadā
「善に至ること」
 ・Sacitta pariyodapanam
「心を浄化すること」
 ・etam buddhāna sāsanam”
「これが ブッダたちの教えである」

ああ 君は「眞理」の影か 幽靈か
いくとせもいくとせもそこに坐つてゐる
ふしぎの魚のやうに生きてゐる
木乃伊(みいら)よ。
このたへがたくさびしい荒野の涯で
海はかうかうと空に鳴り
大海嘯(おほつなみ)の
 遠く押しよせてくるひびきがきこえる。
君の耳はそれを聽くか?
久遠(くをん)のひと 佛陀よ!



エリック・サティ没後90年記念企画
Ludions 潜水人形(1923)

[I].
Air du rat ネズミの唄
Léon-Paul Fargue レオン・ポール・ファルグ

Abi Abirounère
アビ-アビルネール
Qui que tu n’étais don?
君が貴族でなかったなどと誰が言う?
Une blanche monère
白い原生生物(モネラ)よ
Un jo
かわ
Un joli goulifon
かわいい形の口
Un oeil

Un œil à son pépère
眼 父ちゃんとそっくりな
Un jo
かわ
Un joli goulifon.
かわいい形の口

[II].
Splenn 憂鬱
Léon-Paul Fargue レオン・ポール・ファルグ

Dans un vieux square où l'océan
さる古びた辻公園で
Du mauvais temps met son séant
悪天候の大洋が
Sur un banc triste aux yeux de pluie
雨の目をした悲しいベンチに腰をおろす
C'est d'une blonde
お前がうんざりするのは
Rosse et gironde
意地悪で美しい
Que tu t'ennuies,
ブロンド娘
Dans ce cabaret du Néant
「無」の居酒屋のなか
Qu'est notre vie.
俺たちの人生とは一体何だ?

[III].
La grenouille américaine アメリカ人の娼婦
Léon-Paul Fargue レオン・ポール・ファルグ

La grenouille américaine
アメウィカ人の娼婦が
Me regarde par-dessus
僕を見つめる
Ses bésicles de futaine.
綾織の丸眼鏡ごしに
Ses yeux sont des grogs massus
奴の眼は 美しい錫のはげおちた
Dépourvus de joli taine.
グロッグ酒の塊だ
Je pense à Casadesus
僕はカサドシュのこを思う
Qui n’a pas fait de musique
演奏をしなかった彼のことを
Sur cette scène d’amour
アルモリクの小箱から
Dont le parfum nostalgique
郷愁の匂いが立ち込める
Sort d’une boîte d’Amour
この愛の濡れ場で。
Argus de table tu gardes
食卓のアルゴスよ、お前は
L’âme du crapaud Vanglor,
蟾蜍(ひきがえる)ヴァングロールの魂を失わない、
Ô bouillon qui me regardes
おお、煮え立つブイヨンよ
Avec tes lunettes d’or.
お前は金縁眼鏡で僕を見つめる……

[IV].
Air du poète 詩人の唄
Léon-Paul Fargue レオン・ポール・ファルグ

Au pays de Papouasie
パプアの国で、
J'ai caressé la Pouasie…
俺は「詩情(プアジー)」を愛撫した…
La grâce que je vous souhaite
あなたに望む魅力とは
C'est de n'être pas Papouète.
「パプア詩人」でないことさ。

[V].
Chanson du chat 猫のシャンソン
Léon-Paul Fargue レオン・ポール・ファルグ

Il est une bébête
奴は幼いおろか娘
Ti li petit enfant
可愛い子供の小さなチリ
Tirelan.
チルラン。
C'est une byronette
奴は愛らしいバイロン娘
La beste à sa maman
母ちゃん似の馬鹿娘
Tirelan.
Le peu Tinan faon c'est un ti blanc-blanc
ちっぽけな こ こねこ 白々としたちっぽけ
Un petit potasson?
ちっちゃな勉強家(ポタソン)
C'est mon goret c'est mon pourçon
それは僕の子豚、僕の豚ちゃん(プルソン)
Mon petit potasson.
僕のちっちゃな勉強家(ポタソン)。

Il saut' sur la fenêtre
奴は窓に飛びあがり
Et groume du museau
鼻づらで唸りだす
Tirelo.
チルロ。
Pasqu'il voit sur la crête
なぜって、奴は棟の上に
S'découper les oiseaux
鳥の浮き彫りを見つけたから
Tirelo.
チルロ。
Le petit n'en faut c'est un ti bloblo
ちっちゃな猫で充分、それは青々としたちっぽけ
Un petit Potaçao
散ったな勉強好き(ポタサオ)
C'est mon goret c'est mon pourceau
それは僕の子豚、僕の豚(プルソー)
Mon petit potasse.
僕のちっちゃな勉強家(ポタソン)



La Diva de l'Empire エンパイア劇場の歌姫(1900頃)
Dominique Bonnaud et Numa Biès ボノー&ブレス

Sous le grand chapeau Greenaway,
大きなグリーナウェイ帽子をかぶって
Mettant l'éclat d'un sourire,
輝くばかりの微笑をみせる、
D'un rire charmant et frais
びっくり顔をして溜息をつく赤ん坊の
De baby étonné qui soupire,
愛くるしくて瑞々しい明るい笑い、
Little girl aux yeux veloutés,
ビロードの眼をした可愛い少女、
C'est la Diva de l’Empire.
それはエンパイア劇場の歌姫だ。
C'est la rein' dont s’éprennent les gentlemen
紳士やピカディリのあらゆるダンディたちが
Et tous les dandys De Piccadilly.
夢中に惚れこむ女王だ。

Dans un seul “yes” elle met tant de douceur
たった一言、甘ったるく「そうよ(イエス)と言えば」
Que tous les snobs en gilet à cœur,
ハート型のチョッキをつけた
スノッブというスノッブが
L'accueillant de hourras frénétiques,
熱狂的に万歳を叫んで彼女を歓迎、
Sur la scène lancent des gerbes de fleurs,
舞台の上に花束を幾つも投げつける、
Sans remarquer le rire narquois
彼女のきれいな顔に浮かぶ
De son joli minois.
皮肉な笑いにも気づかずに。

Sous le grand chapeau Greenaway,
大きなグリーンナウェイ帽子をかぶって
Mettant l'éclat d'un sourire,etc
輝くばかりの微笑を見せる…
Elle danse presque automatiquement
彼女はほとんど無意識に踊り、
Et soulève,oh très pioudiquement,
「アオ!」と声を上げ、いかにも恥ずかしげに、
Ses jolis dessous de fanfreluches,
安物のきれいな下着をまくりあげ、
De ses jambes montrant le frétillement.
脚をはねあげて見せつける。
C'est à la fois très très innocent
それは、とてもとても無邪気でありながら、
Et très très excitant.
同時に、とてもとても刺激的。
「エリック・サティ歌曲全集」より 窪田般彌・訳


黒板拭きに夜が来た
L'homme qui essuie des tableaux noirs dans la nuit.
木部与巴仁 KIBE Yohani
翻訳 ミカイル・クシファラス Mikhaïl Xifaras

それは21時に始まる
Là, ça va commencer à 9 heures
彼は21時に始まる
Lui, il va commencer à 9 heures

あれは21時に始まる
Ça, ça va commencer à 9 heures
彼奴(あいつ)が21時に始まる
Tous les soirs, ça commencera à 9 heures



初めは荒々しく大胆に
D'abord, vite, dans tous les sens
Ensuite, lentement, à fond
そしてゆっくり 跡を残さず
Enfin, dans les plus petits détails
最後は隅々まで そう 舐めるように
Voilà. C'est comme s'il l'avait léché.



そいつは21時に始まる
Là, ça a commencé à 9 heures
夜 21時 始まる
Ce soir, ça a commencé à 9 heures

暗い時間
Une heure sombre
誰もいない時間
Une heure vide
気配だけが残っている
Personne, rien que des traces



激しさと優しさと強さと繊細さ
Avec dureté, douceur, force, précision
求めれば応える
Comme s'il répondait à l'appel des tableaux noirs
見えないものも見える
Comme s'il pouvait tout voir, même l'invisible
指先の感触は他人(ひと)にいえない
Cette sensation au bout des doigts, indicible



それが始まる
C'est ça qui recommence tous les soirs
彼奴(あいつ)が待っている
C'est ça qu'attendent les tableaux noirs
21時に始まる
Et ça recommencera à 9 heures


Le soir
21時に待っている
Les tableaux noirs attendent 9 heures