■ 第21回 トロッタの会 焰々たる人 焰々と死ね 火を噴けよ 空 赫々(あかあか)と 燃え落ちるまで 野火のごと わが人生 汝(な)れと我れ 燃え盡きて死ね 「野火」より 2015年5月30日(土)16時開演 15時30分開場 会場・早稲田奉仕園 リバティホール 「宇の言葉 第二章」【2015・初演】 〈作曲・橘川琢/詩・木部与巴仁〉 詩唱/木部与巴仁 クラリネット/藤本彩花 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 「紅山狂詩曲」【2015・初演】 〈作曲・酒井健吉〉 尺八/宮﨑紅山 三味線/原美和 「森 オーボエとピアノによる」【2015・初演】 〈作曲・田中隆司〉 オーボエ/三浦舞 ピアノ/河内春香 「独唱とピアノのための北方幻譜」【2014・改訂完全版初演】 〈作曲・堀井友徳/詩・木部与巴仁〉 ソプラノ/柳珠里 ピアノ/森川あづさ 「ロルカのカンシオネス・13の西班牙古謠より」【2014・編作初演】 〈採譜と曲・フェデリコ=ガルシア・ロルカ/編作・田中修一〉 ソプラノ/福田美樹子 バリトン/根岸一郎 ヴィオラ/神山和歌子 コントラバス/中村杏葉 ギター/萩野谷英成 打楽器/稲垣佑馬 「光雨-HIKARIAME-扇田克也の作品とともに」【2015・初演】 〈作曲・橘川琢/詩・木部与巴仁 造形・扇田克也〉 師匠/木部与巴仁 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴィオラ/神山和歌子 打楽器/稲垣佑馬 ピアノ/森川あづさ 「ソプラノ、ギター、ライヴ・エレクトロニクスのための宇宙潜航機2015」【2015・初演】 〈作曲・磯部英彬/詩・木部与巴仁〉 ソプラノ/福田美樹子 ギター/萩野谷英成 「影の領分」【2015・初演】 〈作曲・高橋通/詩・木部与巴仁〉 バリトン/根岸一郎 詩唱/木部与巴仁 クラリネット/藤本彩花 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴィオラ/伊藤美香 ギター/萩野谷英成 打楽器/稲垣祐馬 ピアノ/森川あづさ 「青嵐戯歌」【2015・初演】 〈作曲・酒井健吉〉 オーボエ/三浦舞 クラリネット/藤本彩花 ファゴット/岡田志保 「エスノローグNo.7"野火"〜木部与巴仁の詩に依る」【2014・初演】 〈作曲・田中修一/詩・木部与巴仁〉 ソプラノ/赤羽佐東子 ファゴット/岡田志保 コントラバス/岡田志保 ピアノ/河内春香 |
*第21回「トロッタの会」全詩です。作曲者の意図などにより、詩と音楽に相違する場合がありますことをご了承ください。 宇の言葉 第二章 木部与巴仁 私という魚(うお)が コンクリートの淀みに潜む汚濁食す日 鳥飛ぶ海は干上がりかけ断末魔の喘ぎ 鳥の叫びは乾いた砂に空しくて 私だったかも知れない 蜥蜴、蛇、亀、鰐たちの鳴き声は 歌に似て響く死人(しびと) 貝どもが貝殻を脱ぎ森めざして這う 光景はいつか見た夢うつつ狂おしく 大地の終わりに似る 私そっくりの虫が骸(むくろ)となって 空に押し潰されそうだ棄てられた影と 吐き出された生命(いのち) 獣が恋した山が削り取られて 荒野(あれの)となる気まぐれどもの 戯れが何もかも千切ってしまう口惜しさ 私という龍がひび割れのコンクリートに 取り残された一千数億年 ひとしずくも落とさなかった 気まぐれな雨それは女 (2015.2.2) * 「北方幻譜」二篇 ひとりごと それは桜の-厚岸桜を想って 木部与巴仁 わたしはここにいる でも 人は しらない わたしはここにいた ずっと 人は しらない わたしはいる これからも それなのに 人はしらない 誰ひとりここは北 最果ての国 風の声 海と陽にさらされて わたしは生きる 風の声 鳥と獣にくちづけされて わたしは死ぬ 生と引き換えのいたみ 死と引き換えの よころびも 北にいる わたし 風の声を聞きながらわたしはここにいる 生まれ変わり 死に変わる わたしはここにいた 生まれ変わって 死に変わった わたしはずっと ここにいる 人だけが 知らずにいた 人など 誰も来ない ここは 最果ての国だった (2014.7.7) 赤い実が歌う -七竃を想って 木部与巴仁 私の実は赤い 花の色は白いのに 私の実は赤い 実がなると秋が来る 私の実は赤い 鳥を呼ぶ 鳥たちが来る 私の実は赤い 酒にしたいと人はいう 私の実は赤い 小さく燃える炎のように逢えるだろう 標(しるべ)が続く あの道をゆけば 知らない町 誰ひとり 知る人のない でも 逢えるだろう あの赤い実が たくさん成った木に沿って 歩けばいい そうすれば逢える きっと逢える 鳥たちが 教えてくれた 私の実は赤い 燃えるように赤い 数え切れない昔から 赤いこの実を与え来た 秋になると 恋い人がやって来る 鳥の声に導かれ 今日もまた 私の実は赤い 恋い人よ おまえの標は燃えている 恋い人たちよ 私の酒を ひっそりと 誰にも知られず飲むがいい (2014.7.8) ロルカのカンシオネス・13の西班牙古謠より 四人の騾馬曵き 騾馬曵き四人 嗚呼 水辺に向かう 灰色騾馬を曵く男 嗚呼 私の心を奪ってしまう 騾馬曵き四人 嗚呼 川へと向かう 灰色騾馬を曵く男 嗚呼 あれはわが夫(つま) 騾馬曵き四人 嗚呼 畑に向かう 灰色騾馬を曵く男 嗚呼 色浅黒く 丈高く どうしておまえは火を採りに 嗚呼 出かけてゆくのさ おまえの顔が 嗚呼 燃えているのに 騾馬曵き四人 * カフェ・デ・チニータス チニータスの酒場で パキーロは弟に言う 「俺はお前より強い 闘牛もジプシー魂も」 チニータスの酒場で パキーロはフラスクエロに言う 「俺はお前より強い 闘牛もジプシー魂も」 パキーロは 時計を取り出して言う 「この牛は 四時半までには死んでいる」 四時 連中は表に出る パキーロ やつは腕っこきの闘牛士だ * 可愛い巡礼 ローマをめざす 可愛い巡礼二人づれ 法王様に結婚のお許しを得ようと 嗚呼 従兄妹同士だから 嗚呼 若者の帽子は ゴムびきだった 娘の帽子は 嗚呼 ビロードだった 嗚呼 ビクトリア橋に かかった時 介添役が転んでしまう 嗚呼 娘もついでに転んでしまう 嗚呼 法王様の御殿に着いた ふたりはついに お目どおり 嗚呼 お裁きが始まった 嗚呼 お裁きが始まった 法王さまはおたずねだ 名は何と? 若者がいう ペドロでございます 嗚呼 娘がいう アナですと 嗚呼 娘がいう アナです 法王さまはおたずねだ 歳はいくつか? 娘がいう 十五です 嗚呼 若者がいう 十七でございますと 嗚呼 若者がいう 十七でございます 法王さまはおたずねだ いずこより来た? 娘がいう カプラです 嗚呼 若者がいう アンテケーラでございますと 嗚呼 若者は アンテケーラでございます 法王様はおたずねだ 罪を犯したことは? 私はただ一度 嗚呼 娘と口づけいたしました 嗚呼 娘と口づけを すると娘の巡礼は 恥ずかしそうに 真っ赤になった 嗚呼 薔薇の花に似て 嗚呼 それは薔薇の花 法王様は お部屋の中でのたまわる そんなことならわしだとて 嗚呼 巡礼男になりたかった 嗚呼 巡礼男にのう ローマの鐘が鳴っている ふたりの 可愛い巡礼が 嗚呼 結婚式をあげている 嗚呼 結婚式をあげている * 光雨 木部与巴仁 あなたを感じている ここは雨 海に行ったね 海を見たね あなたを感じている ここは遠い 海はまだ? 海はどこ? あなたを感じている ここは冷たい 海に行こう 海を見よう 今は遠い 私たちの日 届かない 手を伸ばしても 遠い ふたりの日 思い出したくても 届かない 「雨?」 「いいや、光」 「きれい」 「何もかも洗ってくれる」 「私たちの?」 「二人だけに見える」 「光」 光が降る 海辺の町を あなたは知っていた 光が降る 遠い砂浜 雲に舞う鳥の影 音もなく降る 光の雨に たたずんでいた 約束の町 あなたを感じている ここは雨 海に行ったね 海を見たね (2015.1.13) * 宇宙潜航機2015 木部与巴仁 星の階段 ハイエナの遠吠え 無秩序の秩序は無秩序 「あなたのそこはどこですか?」 「私のそこにあなたはいません」 音のしない音 不可能という可能性 渡り星の港 「あなたは時間はいつですか?」 「私の時間にあなたはいました」 ガス状精神 無限の誘惑 彗星地帯からのレポート 「あなたの生命は何ですか?」 「私の生命は何かです」 無意識の扉 死者と生者の交感 破れた空間 「あなたの疑問はなぜですか?」 「私の疑問はなぜでした」 流星の記憶 楕円軌道で失くした恋 広場は垂直に立っている 止まった焔 鳥の影が 金星に落ちている 「あなたの宇宙は誰ですか?」 「私の宇宙はあなたです」 秘かに凍る水 一瞬の波紋 それは心にある 永遠の解答 (2015.1.16) * 影の領分 木部与巴仁 影の領分 木部与巴仁 待っててごらん 曲がり角の向こうから 杖つき老婆がやって来る しわくちゃ顔をぶら下げて 聞いててごらん 赤い鞠つく小さな女 もうすぐ世もなく泣き喚く そのまま死んでしまうだろう ここが私の街 ここがお前の街 ここが私の女の街 見ていてごらん 戸板をかついだ大工が一人 急いだように駆けてゆく 人のなりした猿が一匹 立っててごらん 痩せた体をセーターに包み いつかの自分が帰って来る 自分の影を忘れたまま 知らん顔でいてごらん 巻き毛の女が行くだろう 今に男に襲われる 夢見心地の笑顔浮かべて ここが彼奴(あいつ)の街 ここが死んでしまった男の街 黙って歩いて来てごらん 真っ暗がりの窓の向こうで 誰かが大きく叫ぶのさ 獣か女に違いない 薄眼を開けて覗いてごらん 煤だらけ灰まみれ 恨みがましい男が立つ それがお前の運命だ ここが終わりの街 ここから先は何もない ここが誰もいない街 (2015.1.15) * 野火 木部与巴仁 焰々(えんえん)たる人 赫々(あかあか )と燃ゆ 人の生 行方なし ただ 暗がり步む 我れなれば 焰々たる人 焰々と死ね 火を噴けよ 空 赫々(あかあか)と 燃え落ちるまで 野火のごと わが人生 汝(な)れと我れ 燃え盡きて死ね あはれ 山のふもとを はひゆく野火 夕去りて 心かなしみに滿つ 何となき さびしさに 〈野火/室生犀星〉 過つ來し方 燒いてしまへと 過ちの我れなれば ああ 燒かれて悔いなし 黑々となる 大地にまけ 風に吹かれて消えん 獸に踏まれ土にまみれん 〈メモ〉木部与巴仁の原詩「野火 五題」は、二〇十四年三月七日に書かれた。スペースの制限があり、全文を掲げることはできないが、歌曲「野火」に採られた詩の続きは、下段のようになる。 過ちといひ 我れを責むる我れ 過ちといひ 我れを責むる他人(ひと) 過ちといひ 我れを責むる世の全て 疾く死ね * 憤りの朝 疲れて寝ぬる夜(よ) 太陽は見ず 月も見ず 泥に面(おもて)をひたしたい 野火が焼く 我が身 野火がほふる この身 悔ひて悔ひて なお足らぬ ここにいる 何もかも 無 何もない ひとつもない 後はただ 虫の音(ね) * 糧を求めて 旅に出づ 得るものなし 人を失ひ さまよひ続け 足は血塗れ 心はかす 手はひび割れ 光 目になし 笑ひ笑われ笑ひ続け 逆さまに落つ 人生の崖渕から 声なく どこまでも落ちてゆく 瞬間 目に映る 野火 * 女が 私の首を引き抜こうとしている 遠巻きに見る 群集 憐れや 女の思うまま 人生はここに行き着く 羽虫に及ばぬ 最期を遂げるに違いなし 打ち捨てられた 首 その時 どこからともなく起こった野火が 何もかも焼く 女も人も焼き 何もかもなかったことにする 私が 野火だった |