■ 第20回 トロッタの会

夏の朝
太陽はどこまでも大きく
膨れあがって
燃え尽きる
羽を焼かれて落ちる

初めの死



2014年11月29日(土)18時開演 17時30分開場

会場・早稲田奉仕園 リバティホール


「手の記憶」【2014・初演】
〈作曲・宮崎文香/詩・木部与巴仁「手の記憶」より〉
詩唱/木部与巴仁 尺八/宮崎紅山 三味線/原美和 箏/ヴェルヴェット(旧姓・小野)裕子

「火星大戦争」【2014・初演】
〈作曲・酒井健吉/詩・木部与巴仁「火星大戦争」より〉
詩唱/中川博正 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ギター/萩野谷英成 打楽器/稲垣佑馬 ピアノ/河内春香

「ふたり」【2014・初演】
〈作曲・平田聖子/詩・木部与巴仁「ふたり」より〉
ソプラノ/柳珠里 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ピアノ/平田聖子

「流離のうた第2部−暗き曠野−」【2014・初演】
〈作曲・田中隆司/詩と短歌・石川啄木〉
バリトン/根岸一郎 ピアノ/河内春香

「花舞」【2014・初演】 〈作曲・橘川琢/詩・木部与巴仁「花舞」より〉
詩唱/木部与巴仁 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴィオラ/伊藤美香 ピアノ/森川あづさ 花/上野雄次

「無限」「白夜」−《白夜詩集》より−【2014・初演】
〈作曲・田中修一/詩・木部与巴仁「無限」「白夜」より〉
ソプラノ/赤羽佐東子 ピアノ/森川あづさ

「命のある風景」【2014・初演】
〈作曲・高橋通/詩・木部与巴仁「命のある風景」より〉
バリトン/根岸一郎 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ギター/萩野谷英成 打楽器/稲垣祐馬

「魔法壜」【2014・初演】
〈作曲・酒井健吉/詩・木部与巴仁「魔法壜」より〉
詩唱/木部与巴仁 クラリネット/藤本彩花 ヴィオラ/伊藤美香 打楽器/稲垣祐馬 ピアノ/森川あづさ

伊福部昭生誕百年記念演奏
「摩周湖」【1992】
〈作曲・伊福部昭/詩・更科源藏「摩周湖」より〉
バリトン/根岸一郎 ヴィオラ/伊藤美香 ピアノ/河内春香





*第20回「トロッタの会」全詩です。作曲者の意図などにより、詩と音楽に相違する場合がありますことをご了承ください。

手の記憶
木部与巴仁

手の記憶
木部与巴仁

雨が降っていた時
私は一人だった
雨がやんで
虹を見た時
私たちは二人だった
雨が降り始めて
私はどこにいた?
雨が降り続いて
町に人がいなくなった
私たちはどこに?
どこにも
いなかったかもしれない

握った手
あなたの手
乾いた手
握りあった
二人の手
あたたかい
じっとしている
このままでいたい
ひとつになって
離れない
考えない
何も

空が青いよ
窓から見えている
雲が白いよ
窓の向こうに
広がっている
鳥が飛んだよ
あなたは見ていない
あなたが見ていたのは

空はどこまでも
続いている
遠く遠く
高く高く広く
届かない
空を見ていた
握ったまま
あなたの手を
私の中に
空があった
手の中に
二人の手の中に
(2014・3・7)



火星大戦争 (旧題「火星の戦争」)
木部与巴仁

終わらない
いつまでも続いている
もう何人死んだのか

若者が死んだ
壮年が死んだ
老人が死んだ
少年が死んだ

男が死んで
女も死んだ
そして
人がいなくなった

獣が死んだ
鳥が死んだ
魚が死んだ
亀も蜥蜴も鰐も蛇も死んだ

終わらない
どうしてだろう
これから先もずっと

みんな死んで
虫たちが
今は戦う
虫の次は
木や草が戦う
それが
火星の戦争だ
しかし

ぽつりと
火星に
雨が降る
何千年ぶりの雨
宇宙の気まぐれが
虫の戦争を変えた

歌を
うたう虫たち
歯をこすり
羽をこすり
角をこすって
虫たちは歌い始めた
その歌が
終わらなかった

やがて
亀たち蜥蜴たちが生きた
魚や鳥が生きた
獣が生きて人が生きた
その間も
虫たちは歌い続けた
こうして火星は
再び
生き物の星になった
再び
戦争が始まった
(2014・3・11)



ふたり
木部与巴仁

どこまでも歩きたい
青空へ続く
長い道
ふたりだから
歩ける
やさしく結んだてのひらに
あなたの気持ちを感じていた

どこまでも歩いた
もう
夜なのに
でも
ふたりだから歩いてゆける
いま何時?
ここはどこ?
聴く必要はなかった

どこまでも歩いている
あなたと
見上げれば鳥
どこまでも歩き続ける
あなたと
耳を澄ませば風
どこまでも歩いていこう
あなたと
太陽を見た
月を見た
ふたりだった
それだけでよかった
(2014・7・21)



流離のうた 第二部  −暗き曠野−
石川啄木

 I

暗き、暗き曠野にも似たる
わが頭脳の中に、
時として、
 雷(いなづま)のほとばしる如く
革命の思想はひらめけども−

あはれ、あはれ、
かの壮快なる雷鳴は遂に聞え来らず。

我は知る、
その雷に照し出さるる
新しき世界の姿を。
其処にては、物みなそのところを得べし。
されど、そは一瞬にして消え去るなり、
しかして、
 かの壮快なる雷鳴は遂に聞え来らず。

暗き、暗き曠野にも似たる
わが頭脳の中に、
時として、雷のほとばしる如く
革命の思想はひらめけども−
 (1911・6・15/「呼子と口笛」)

 II

呼吸(いき)すれば
胸の中(うち)にて鳴る音あり
 凩(こがらし)よりもさびしき
その音(おと)!
(「悲しき玩具」)

眼(め)閉(と)づれど、
心にうかぶ何もなし。
 さびしくも、また、眼をあけるかな。
(「悲しき玩具」)

もうお前の心底(しんてい)を
よく見届けたと、
夢に母来て
泣いてゆきしかな。
(「悲しき玩具」)

いま、夢に
閑古鳥(かんこどり)を聞けり。
 閑古鳥を忘れざりしが
 かなしくあるかな。
(「悲しき玩具」)

閑古鳥 −
 渋民村(しぶたみむら)の
山荘(さんさう)をめぐる林の
 あかつきなつかし。
(「悲しき玩具」)

友も妻もかなしと思ふらし −
 病みても猶(なほ)、
 革命のこと口に絶たねば。
(「悲しき玩具」)

 III

「ココアのひと匙」

われは知る、テロリストの
かなしき心を −−
言葉とおこなひとを分かちがたき
ただひとつの心を、
奪われたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らんとする心を、
われとわがからだを
敵に擲(な)げつくる心を
   しかして、そは真面目にして熱心なる
人の常に有(も)つかなしみなり。

はてしなき議論の後の
冷めたるココアのひと匙を啜(すす)りて、
そのうすにがき舌触りに、
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。
(1911・6・15/「呼子と口笛」)

 IV

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。

給仕づとめの少年が
たまに非番の日曜日、
肺病やみの母親と
 たつた二人の家にゐて、
ひとりせつせとリイダアの
獨學をする眼の疲れ……

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。
(1911・6・27)

庭のそとを白き犬ゆけり。
 ふりむきて、
 犬を飼はむと妻にはかれる。
(「悲しき玩具」)

 V

血に染めし歌をわが世のなごりにてさすらひここに野にさけぶ秋
 (1902.10 第三「明星」第五号)



花舞
木部与巴仁

歌いながら踊っていました
誰なのかも忘れて

歌いながら踊っていました
どこにいるのか
いつなのかも忘れて

歌いながら踊っていました
何もかも忘れて

花が降る
雨になり
花が吹く
風になり
歌う踊る
空に散る


生きているから
動く
ひとりでに
見てくれなくても
爪先を立て指先を伸ばし
髪の先まで戯れ
動く
ひとりきりで
わかってくれなくても

歌いながら踊っていました
誰なのかも忘れて
歌いながら踊っていました
何もかも忘れて
私はどこに
ここは……

歌う
花 たったいま咲こうとしている
歌い踊る
悔いなく命を 花 終えようとする
踊り踊る
このまま 花 死んでもかまわない
歌い歌い踊り
踊り続けて死ね 花
踊れ

降っている
静かな
秋の雨が
むすびの時
足跡に残された
一滴の血
(2014・7・1)



白夜詩集 木部与巴仁の詩に依る
木部与巴仁
*「白夜詩集」は四篇の詩で構成されていますが、トロッタ20では「無限」「白夜」が演奏されます。

  無限

誰も知らずに生きている
明日があるかと怯えながら
貧しい街にも朝は来る
でも見えもしない
人の顔

どこまで続く
夜だけが
果てしないほど広がっている

ささくれと
虚しさ

理由(わけ)なしに憤る
子どもらに
けだものが持つ
慈しみの欠片すらあたえず

去れ
妨げるもの消えてしまえ
弱きもの滅ぶがいい
惨めな生き物
生きている
たとえこの世が闇であっても

地を這いながら
のたうって
血の水をすすり
眼(まなこ)を光らせ

手も足も
切り捨ててしまうがいい

安らぎなど
わたしたちには無縁だと思う
ふたりの人生
ふたりだけの人生


 白夜詩集 木部与巴仁の詩に依る
  伽藍

貧しい街にそびえていた
人なしの伽藍
コンクリートの影が
心の隅で
どこまでも伸びてゆく

もういいかい ほこりまみれの
まあだだよ ふたりだから

貧しい街はここにもある
わたしの心に
伽藍の隅へ置いて来た
今さら取りには戻れない

もういいかい 生きるのやめて
まあだだよ 逃げるんだから

終着駅はどこにもなかった

もういいかい 貧しい街は
まあだだよ どこにある


 白夜詩集 木部与巴仁の詩に依る
  曙光

あなたがいるから
惨めだと
あなたがいるから
膨らむのだと
哀しみが
きりがない
どこまでも

あなたは知らない
親を殺める罪科(つみとが)も
惨めさの前には
芥(ちり)に等しい

サヨウナラ お父さん
サヨウナラ お母さん

あなたさえ
いなければ
あなたさえ
いなくなれば
この世のどこにも
気配さえ
消してみせよう
この手で

サヨウナラ お父さん
サヨウナラ お母さん


 白夜詩集 木部与巴仁の詩に依る
  白夜

真っ暗な迷路で 
もう何時間も待っている
  明かりのない 狭い場所に
押しこめられて
湧き起こる
悲しみと怒り
虚しさは手に重く
冷たい壁に押しつけられた
抜け殻の私たち

眼(まなこ)を閉じれば
振り返った顔が笑っている
止まった時間と
淀んだ場所
壊れかけの心が
川底の石にひっかかる
その姿 二人の影
夕焼けに燃える町
生命(いのち)の証がほしかった

あの日
どこにも行けずに
何も見えずに
立ち尽くしていた

いつまでも待つだろう
薄明かりの
白夜で
いつまででも待つだろう
奪われた闇の中で
気がつけば私ひとり

もう一度 太陽の下(もと)二人で歩きたかった
(2012・2・5)



命のある風景
木部与巴仁

窓辺に置かれた私の命
それは果物に似て
小さな形をしている
薄皮に包まれ
掌(てのひら)に乗る
虫が日をよけ
指先の一(ひと)突きで
どこまでも転がる
そんなちっぽけな命を
窓辺に置いたのは(誰)?

白い
切り取られた崖が
太陽に灼かれている
くさびとして立つ
枯れ木の群れ
誰もいない
いるはずもない荒れ野
水気(みずけ)をなくした草の
悲鳴は
砂粒に似る

私の命を取ろうとしてやめた
白く細い指
なまめかしく冷たく

夜の息が
しのび寄る
世界の終わりを
告げている
「もう何も見えなくなってしまった」
不安
「くちづけも」
忘れて
「聞こえない」
何も
(2014・7・1)


魔法壜
木部与巴仁

いうことを聞かないなら
魔法壜に入って!
上野公園に行きましょう
久しぶりの青空
何て気持ちのいい九月
たくさんの人と
たくさんの動物たち
たくさんの木が生えて
でもあなたには関係ない
暗がりにじっとして
苦しいなら緩めてあげる
蓋の隙間から息をしてなさい

お姉さん
お姉さんお姉さん
一本分五百円!
上野駅から出たとたん
男に手招きされた
美味しいコーヒーだよ
魔法瓶で持ってって!
コーヒーメーカーをテーブルに乗せた
屋台のコーヒー屋という風情
魔法壜を差し出す
ドボドボドボ
黒い液体を
なみなみ注いで返してくれた
ヴーグーゴー
あら 泣いてるの?
泣かされたのは私じゃない
せっかく上野まで来たのに
動物園はすぐそこよ

「これより喫煙席」
公園の真ん中に
こんな立札を立てて
何様?
椅子に腰かけて足を組み
男が煙草を吸っていた
ハンチングをかぶり
口髭を生やし
これみよがしに煙を吐き出す
やりすごそうとして驚いた
「あちらは禁煙席」
立札の裏に
真赤な文字で書いてある
ははあ
世の中に対して
自分の居場所を示したい
つまりはそういう意思表示なのだ
太鼓の音が聴こえてくる
トランペットが混じっている
ソプラノの声もした
コーヒーを飲もう
美味しかった
生まれて初めての味
魔法壜からは
もう何の音もしていない

ピクニックに行きたい
ねえピクニックに行こう
三年前のこと
あてなどないのに
言葉の響きだけにひかれて
私はあなたに提案した
ああいいよ
じゃあ今度の日曜日
魔法壜を買ってくれたね
誕生祝いだといって
私は三十一歳になろうとしていた
お弁当をこしらえて
帽子とワンピース
歩きやすい靴を用意して
でも日曜日は台風だった
意地になって八王子まで行った
そこから先は行けなかった
土砂崩れがあった
線路が水につかって
家まで流された
ホームのベンチに
私たちはずっと座っていた

「準備中」
動物園の一角
塀とガラスに囲まれた
山があり谷もある
広々とした土地
「準備中」
何もいない
ガムテープでとめられて
白い紙が風に揺れる
ママーいないよー
何だ何もいねえじゃん
ねえ何ここ?
不安にかられた人々が
言葉だけを置いてゆく
「準備中」なら
あなたここに入りなさい
魔法瓶の蓋を開け
塀の向こうに中身を捨てた
ずるり べちょ
何かが落ちたと思ったが
私は振り返らなかった
魔法壜一本五百円のコーヒー
しかも美味しい
さようなら
久しぶりで上野公園に来て
本当によかった
(2009・1・3)



摩周湖
更科源藏
*歌曲とするため、原詩に変更が加えられました。ここに掲げるのは、歌曲の詩です。

大洋(わだつみ)は霞て見えず釧路大原
銅(あかがね)の萩の高原(たかはら) 牧場(まき)の果
すぎ行くは牧馬の群か雲の影か
又はかのさすらひて行く暗き種族か

夢想の霧にまなことぢて
怒るカムイは何を思ふ
狩猟の民の火は消えて
ななかまど赤く實らず

晴るれば寒き永劫の蒼
まこと怒れる
 太古の神の血と涙は岩となつたか
心疲れし祖母は鳥となつたか
しみなき魂は何になつた

雲白くたち幾千歳
風雲荒れて孤高は磨かれ
山 山に連り はて空となり
ただ
無量の風は天表を過ぎ行く