■ 第18回 トロッタの会

燃える翅 黒くはかない
それは女の背に 生えては落ちる
つまみあげ 燃やしている
女の火にあぶられて
消えうせる 跡も残さず



2013年12月1日(日)18時開演 17時30分開場

会場・早稲田奉仕園 スコットホール


「夢の季節」【2013】
〈作曲/酒井健吉 詩/木部与巴仁〉
ソプラノ/柳珠里 ファゴット/岩岡翔子 ヴァイオリン/駒崎りら ギター/萩野谷英成 ピアノ/森川あづさ 詩唱/中川博正

朗読と室内楽のためのポエジー第二番「黒い翅」
A Black Wing ~POESY No.2 for Narration and Chamber Ensemble 【2013・初演】
〈作曲/堀井友徳 詩/木部与巴仁〉
詩唱/木部与巴仁 クラリネット/藤本彩花 チェロ/寺島志織 打楽器/稲垣佑馬 ピアノ/河内春香

「Biotope III : 《庭園幻想〜祈りの歌》室内アンサンブルと花による」Op.49b【2011/2013・改訂初演】
〈作曲/橘川琢〉
ファゴット/岩岡翔子 ヴァイオリン/戸塚ふみ代・駒崎りら ヴィオラ/神山和歌子 チェロ/寺島志織 ピアノ/森川あづさ 花/上野雄次

「うぶめゆーれん」【2013・初演】
〈作曲/宮封カ香 詩/木部与巴仁「わたしのかあさん。どこいった」より〉
メゾ・ソプラノ/青木希衣子 詩唱/木部与巴仁 三味線/原美和 箏/小野裕子 尺八/宮附g山

「海猫」【2012】
〈作曲/田中修一 詩/木部与巴仁〉
メゾ・ソプラノ/松本満紀子 ピアノ/宮本あんり

流離のうた 第一部「一握の砂」【2010/2012・初演】
〈作曲/田中隆司 短歌/石川啄木〉
バリトン/根岸一郎 ピアノ/河内春香

エスノローグNo.4 “茅屋”〜杜甫の詩に依る【2012/2013・初演】
ETHNOLOGUE No.4 “A Thatched House”(Poem by Du Fu) for Bass Solo,Viola and Guitar
〈作曲/田中修一 詩/杜甫〉
バリトン/根岸一郎  ヴィオラ/神山和歌子 ギター/萩野谷英成

『黒人狂詩曲』【1917】
〈作曲/フランシス・プーランク 詩/マココ・カングルー〉
バリトン/根岸一郎 フルート/臼井彩和子 クラリネット/藤本彩花 ヴァイオリン/戸塚ふみ代・駒崎りら ヴィオラ/神山和歌子 チェロ/寺島志織 ピアノ/宮本あんり 詩唱/中川博正

『天照譚歌』【2013・初演】
〈作曲/酒井健吉 詩/木部与巴仁〉
ソプラノ/赤羽佐東子 箏/小野裕子 フルート/臼井彩和子 オーボエ/岡崎千明 クラリネット/藤本彩花 ファゴット/岩岡翔子 ヴァイオリン/戸塚ふみ代・駒崎りら ヴィオラ/神山和歌子 チェロ/寺島志織 打楽器/稲垣佑馬 ピアノ/森川あづさ

舞踊組曲『神々の履歴書 第二番・青山映えて』【1988/2013・改訂初演】
「眠り」「青山映えて」「光と影」
〈作曲 今井重幸/ 振付/田野日出子〉
舞踊/田野日出子 清水弘子・筆宝ふみえ・石井康二・本間良治・坂本憲志(賛助出演)
フルート/臼井彩和子 オーボエ/岡崎千明 クラリネット/藤本彩花 ファゴット/岩岡翔子 ヴァイオリン/戸塚ふみ代・駒崎りら ヴィオラ/神山和歌子 チェロ/寺島志織 打楽器/稲垣佑馬 ピアノ/河内春香





*第18回「トロッタの会」全詩です。作曲者の意図などにより、詩と音楽に相違する場合がありますことをご了承ください。

夢の季節
木部与巴仁

(男声)
見たことのない道だった
並んで歩く
あなたは誰?
この道はどこまで続くのだろう

(女声)
知らなくていい
知らない方がいい
知れば何もかも終わる
それがあなたと私

(男声)
触れたいと思う
せめて指先に
でも触れられない
触れないまま歩いている

(女声)
触れないで
あなたは私を見ている
私はあなたを感じている
それだけでいい

(男声)
あなたは誰?
いつから歩いているの?
私たちは一緒に
恋人じゃないのに恋人のように

(女声)
恋人かも知れない
私はあなたを好きかも知れない
わからない私の心
わからない私とあなた

(男声)
まだ続く
終わりのない道
乾ききった蔓草が
崩れた塀の向こうで伸びている

(女声)
私の汗は乾いてしまった
なくすのが怖くて
私は何もほしくない
あんなに欲しいと思ったことがあったのに

(男声)
季節が終わろうとしている
名前も知らない
あったことも知らない
ここにあった季節が

(女声)
どこかにいる
どこかを歩いている
どこまでも
いつまでも誰かと

(男声)
見たことのない道だった
並んで歩く
あなたは誰?
この道はどこまで続くのだろう
(2013.8.3)
註・当初、詩のタイトルは「片恋」でした。



黒い翅(はね)
木部与巴仁

燃える翅
黒くはかない
女の背に
生えては落ちる
つまみあげ
燃やしている

揺れる光に包まれて
消える
黒い翅は
跡も残さず

 *

女にはいわず
私は隠し持っている
一枚の翅を
見つけたのだ
昼下がりに
小さな部屋の片隅で
ガラスの瓶にしまってある
証(あかし)として
はかなくても
感じていたいから
女は
知っているかもしれない

 *

つかまえていて
消えてしまいそうだから
女が
笑っている
その頬に落ちた
涙のしずく
翅が
私を消すよ
消えてもいい
あなたが
つかまえていてくれないなら
なぜだろう
私は返事をしなかった

 *

指を立て
かすかに感じる爪で
女の背を
たどっていた
じっとして動かず
裸の身をまかせている
かすかな気配に
口づける
ほのかな匂い
小さな
あまりに小さな感触に
黒い
翅のありかを知る
(2013.5.30)


わたしのかあさん、どこいった*「うぶめゆーれん」原詩
木部与巴仁

子を思う親の心に 人も獣もない
子を守ろうとして 親は命を捨てる
子を育てようとして
 親は恥を捨てるだろう
子はそんな親を 無心に
疑いなしに 心の底から慕っている
そのあどけない笑顔

 *

かあさん かあさん
わたしのかあさん
どこいった
あめかいにいった
わたしがなくから
あめかいにいった
よるにあめやは
あいてなかろ

 *

母も一人の 女だった
男を愛し求め子をはらんだ
だが男には 許嫁がいた
故郷に 帰らなければといい
迎えに来るともいった時
男に嘘をつく気はなかったのだ
そして女は 男を信じた

 *

かあさん かあさん
どこいった
とうさんさがして
でかけていった
かあさんひとりね
さびしかろ
とうさんいなくて
さびしかろ

 *

戻って来ない男
信じたいのに信じられない女
腹の子は大きくなる 不安も大きくなる
女は男の故郷 長崎に旅立った
身重の体で
探し当てて見たものは 幸せに暮らす
若い夫婦の姿だった
女は黙って身を引いた

 *

かあさん かあさん
どこいった
みやこのみえる
いしだんのぼった
ふるさととおい
うみのむこう
なんにもみえずに
ないていた

 *

他所者が身を寄せられるのは 寺しかない
本堂の床下を借り ひっそりと
泣きながら苦しみながら 女は子を生んだ
つかの間の喜びに 男への恨みも
悲しみも忘れたが
女はそれきり 息を引き取る

 *

かあさん かあさん
どこいった
にわとりなくから
はよかえれ
なみだふいたら
はよかえれ
わたしははかばで
ないている

 *

次の日の夜からだった 一軒の飴屋を
一人の女が訪ねるようになったのは
飴がほしいと
金もないのに細く冷たい手を出して
七日目の夜 飴屋は女の後を追った
女の姿は音もなく消えてゆく
寺の境内へ 墓場へ
赤ん坊の声が聞こえる墓石の陰へ

 *

かあさん かあさん
どこいった
あめかいにごくろ
よなかにごくろ
よるのからすの
なくこえきかそ
ごくろごくろと
なくこえを

 *

子を思う親の心に 人も獣もない
子を育てようとして
親は恥を捨てるだろう
浅ましい幽霊になってまで

母は子のため 飴を求めた
取り返しなどつきはしない
男は女を捨てた自分を呪ったが
何もかも遅かった

 *

とうさん とうさん
なにしてる
のみをふるって
なにしてる
かあさんひとり
ないていた
しらぬはおまえ
ひとりなり

 *

寺の一室を借りて
男は女の像を彫っている
哀れや 男の心に女の姿は
痩せ衰えた悪鬼としか映っていない
しかし女は美しかった
子のため
飴屋を訪ねた女は美しかった
子を思う美しい心が
産女(うぐめ)の幽霊を
美しい母にさせたに違いない

寂し気に飴を求める母親の
手は冷たくも美しと思ふ
(20138.4)



亂譜 海猫
木部与巴仁

虚しき空に
鳥影 舞ふ
茜に染まる雲の下
終はりも知らず
泣き叫ぶ
罪科もなし
幼き命
泥海に消えしといふ
せめて翼がこの身にあらば
すくひあげに飛ぶものを

朝燒けに目覺め 降る雨を聽く
鳥となり生きる子よ
いまは何處
われもまた
舞ふ白雪に目を覺まし
荒んだ風を聽いてゐる
いふも儚し
二度と戻れぬ
人の形
二度と放てぬ
人の聲
おびただしく居る
あの鳥たちは
皆 人
末期の言葉を奪はれて
いまはただ
瓦礫を棲處となす

抑へられない衝動に
海猫は
空と海の間
群れながら飛んでゐる
雲と風の間
泣きながら飛んでゐる
ありし日の思ひ出と
美しかった面影を
探し 求め
墜ちるまで

(2011・7・2)



黒人狂詩曲
マココ・カングルー

【木部与巴仁による口上】
セーヌの流れは絶えずして
しかも本の水にあらず
十八歳の恋は流れてしまった
セーヌに沿いし古本の屋台にて
売れ残りの詩集あがなえり
作者はマココ・カングルー
知らぬ
リベリア出身
そはいずこの国
月日は百代の過客とか
よどみに浮ぶセーヌのうたかた
かつ消えかつ結びて久しくとゞまらず
「ホノルル」なる
一篇の詩を読み歌となす

ホノルル
ポチラマ!
ホノルル ホノルル
カチモコ
モシ ボル ラタク シラ
ポラマ!
ワタクシ モチマス
エチェパンゴ エチェパンガ
カカ ヌヌ ヌヌランガ
ロロ
ルルマ
タマス
パタ タボ
バナ ナル
マンデス
ゴラス
グレース
イクルス
バナナル
イト
クスコ
ポチ
ルマ ホノルル



ひのかみへ*「天照譚歌」原詩
木部与巴仁

ひのちからもて
あめをてらせし
めのかみは
おほぞらにある
あかあかとして

ひのちからもて
かぜをちらせし
めのかみも
なみだながせし
ときぞあるらむ

ひのちからもて
つちをてらせし
めのかみは
さびしからずや
をのかみなくて

ひのちからもて
いのちあたえし
めのかみの
ゑみをみたしと
わがめほそめる

ひのちからもて
わだつみてらせし
めのかみに
こふものなきか
をみななるゆえ

ひのちからもて
あめをてらせし
めのかみの
おもかげこふて
ほしぞらをみる

ひのちからもて
あめをてらせし
めのかみに
うたをささげむ
われをささげむ
(2013.7.22)