torotta15


■ 第15回 トロッタの会

虚しき空に
鳥影(とりかげ) 舞ふ
茜に染まる雲の下(もと)
終はりも知らず
泣き叫ぶ

朝燒けに目覺め 降る雨を聽く
鳥となり生きる子よ
いまは何處(いづこ)



2012年5月13日(日)18時開演 17時30分開場

会場・早稲田奉仕園 スコットホール


『フルートとピアノの為の幻夢譚
木部与巴仁「トロッタ、七年の夢」に依る』
【初演】*「トロッタの会」第15回記念曲
〈演出 清道洋一/詩 木部与巴仁〉
詩唱/中川博正 フルート/八木ちはる ピアノ/森川あづさ

『宇宙でなくした恋』【初演】
〈作曲 宮瀦カ香/詩・詩唱 木部与巴仁〉
尺八/宮崎紅山(宮崎文香) 筝/小野裕子

『オホーツクの海』【1958/1988】
〈作曲 伊福部昭/詩 更科源蔵〉
バリトン/根岸一郎 ファゴット/塚田有果 コントラバス/丹野敏広 ピアノ/徳田絵里子

〈休憩〉

組曲「都市の肖像」第三集
《The backlight of a time(時代の逆光)》op.43 Aより 第二曲「人生の花束」Andante sostenuto
【初演】
〈作曲 橘川琢/詩 櫻木暁雪〉
ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ピアノ/森川あづさ 詩唱/木部与巴仁 花/上野雄次

『霧に歌っていた』【初演】
〈作曲 清道洋一/詩 木部与巴仁〉
メゾソプラノ/青木希衣子 ヴァイオリン/田口 薫 ヴィオラ/堀 那苗 チェロ/小島遼子 ギター/萩野谷英成

『美粒子《第一番》』【初演】
〈作曲 酒井健吉/詩・詩唱 木部与巴仁〉
オーボエ/西川千穂 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/田口薫 ヴィオラ/堀 那苗 チェロ/小島遼子 コントラバス/丹野敏広 ピアノ森川/あづさ

〈休憩〉

『寒戸の婆』【1994/2008】
〈作曲 田中隆司/原文 柳田國男〉
メゾソプラノ/松本満紀子 ピアノ/徳田絵里子

『ムーヴメント6 木部与巴仁「亂譜 海猫」に依る』【初演】
MOVEMENT No.6 (poem by KIBE Yohani "RAN-FU", Larus crassirostris)for Soprano,Violin,Violoncello and Piano
〈作曲 田中修一/詩 木部与巴仁〉
ソプラノ/大久保雅代 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 チェロ/安喰千尋 ピアノ/徳田絵里子

『伊福部昭讃「狂想的変容」〈プロメテの火〉初演の思い出に』【1988/2012】
〈作曲 今井重幸/舞踊監修 金井芙三枝・坂本秀子〉
フルート/八木ちはる オーボエ/西川千穂 ファゴット/塚田有果 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/田口薫 ヴィオラ/堀 那苗 チェロ/小島遼子 コントラバス/丹野敏広 ウィンドチャイム+タンバリン/大場章裕 ピアノ/徳田絵里子 現代舞踊/小倉藍歌

『たびだち・鳥の歌/虹の歌』【2010/2012】
〈作曲 宮崎文香/編作 田中修一/詩 木部与巴仁〉
お客様と出演者による合唱・合奏 ピアノ/森川あづさ





 *第15回「トロッタの会」全詩です。作曲者の意図などにより、詩と音楽に相違する場合がありますことをご了承ください。

トロッタ、七年の夢

逢いたくて
もう一度
逢えるはずと
思っていた
夢の女に
夢の場所で

ふと現われる
乾き切った
ひび割れの街角に
凍え切った
吹きさらしの路上に
忘れられない
面影が

逢おうとして
逢えない
逢いたくて
逢えない
溺れたくて
もう一度
七年を過ごしていた
女の言葉に
今も
すがりついている

馬鹿なことしてみたいわね

時間のない街
どこにもない街
夢の街
見たはずの街

私は確かに座っていた
古びた椅子とテーブル
窓の向こうの港
表情のないウエイター
頼んだ酒の種類まで
今も確かに覚えている

もっとはやく
 あなたに逢っていればよかった

その店の名は
トロッタだった



宇宙でなくした恋

宇宙の果てで失恋した
うつむく足元は真っ暗で
涙が星になって流れてゆく
声も出ない
何も聞こえない
見えるものはただ
きみの面影
遠くかすんで消えてしまいそう
星から星に飛んで
いろんなものを見たね
いろんなところへ行ったね
いろんな歌をうたった
でも 遠い
何もかもが思い出
思い出そうとすればするほど
星屑になって
てのひらからこぼれてゆく
楽しいことも
うれしいことも
悔しかったり
哀しかったりしたことも
みんな
どこかに置いてしまった
何も感じない
虚しくて
ぼくの心は
ただ 虚しくて
いけなかったのは何?
赤や青 緑や白 そして
星の輝きは変わらない
でも
ふたりの心は変わったよ
天の川が見える
あの夜 一緒に越えた
銀河
無数の星が
きらきらと音をたてて流れていた
宇宙の果てで失恋した
目が覚めると
きみはもういない
宇宙の果てで
夢を見た
ぼくはただひとり



オホーツクの海

暗澹たる空の叫びか
滅亡の民が哀しい喚声の余韻か
オホーツクの海

モシリバの巨鳥は
今もなお羽搏くのだ
民族は何だ種族とはと
海は風にのみググウンと怒るのか
逆立つ牙は恥ずべき不徳の足跡を
削ろうとするのか
非道の歴史を洗い拭おうとするのか
オホーツクの海

石器は滅び骨は朽ち
興亡の丘に蝦夷百合は乱れる
暴風雨は遠い軍談を語り
敗北の酋長が眠る森蔭の砦に
穴居の恋を伝えて咲く浜薔薇は赤く
濡れた海鳥の歌うのは何の挽歌だ
オホーツクは怒る



花束

花束をかかえるように
 優しく抱かれた赤ちゃんの私
溢れんばかりの祝福を
 一身に受けて

子どもの小さな手がつかんだ、
 一輪の花
野辺で
学生街に咲く、
恋の色をした、
友から贈られた花を
季節外れの花を
祝福のブーケを

時期を外した石畳の花を
水銀灯に照らされた、
 孤独色の花を
涙色の花を
仕事帰りの路地の花屋心のままに選んできた花
都市の光と影に咲く花を愛で
人生の節目に
 寄り添った花を愛して

時が過ぎ
 いつか見たあの花々は束ねられ、
旧い友の
 あたたかな言葉に包まれ

都市の喧噪の拍手を浴び
並木道を抜ける
 風のすすり泣きを受け
思い出の街角を抜けて
 遠くへ 旅立つ
溢れんばかりの祝福を受けた
 懐かしい花々とともに

私に似た影は、白い光の彼方へ
白い光の彼方へ 歩んでゆく

赤ちゃんを 胸に抱くように
集めた花々を
我が花束を抱きつつ



霧に歌っていた

 (一)

いつでもよかった
私ではない私になりたいと
蜘蛛が歌っていた
霧に向かい
ギターを弾いて

どこから来て
どこへ行く
何を知りたくて
何を見る
答えはすべて
霧の彼方に

このギターは
いつから手にある
気がついたら弾いていた
知らず知らずに歌っていた
蜘蛛の調べ
聴く者なしに
奏でている
  *詩三篇のうち一篇が楽曲化されました。



美粒子

 1

金属片が降りかかる
見知らぬ街に
花が咲いていた
あらゆる風景が
かすんで見える、その中に
一輪咲いた
真っ赤な花
手に取ろうとして、ふと
指先に目をやる
光っていた
静止した爪先が
淡く、かすかに
空から舞い落ちる
無数の輝きに
照らされて

いつから、この街にいるのだろう
記憶が、途切れていた
どこから来たのか
どのようにして、ここへ来たのか
思い出せなかった
気がついたら
ただひとり、立って
目で追っていたのだ
絶え間なく
空から舞い落ちる
無数の金属片を

戻れないと思う
過去へ
過去にいた
知らない場所へ

何も聞こえない
静かに落ち
静かに
降り積んでゆく
金属片
無数の光が
私の目を射る
光でいっぱいの街

咲いている
まぶしく
目に痛い
赤い花が
誰も見ようとしないのに
誇らしげな、その色
目が、とらわれて
離れない
強い赤が私をとりこにする
しかし、花びらは
手にとろうとした私を
容易なことでは
触れさせない
黙って
ただ、じっと
咲いている
誘おうとしているのか
私を、過去へ
捨ててきてしまった
遠い過去へ
金属片が降る
この街から
見覚えと、聞き覚えのある街へ
手がかりなのかもしれない
自分では動かぬ存在なのに
人を動かす
人をあやつる
目に見えぬ力で
人の心をつかんで 自在に
あやつっている
金属片が降りそそぐ
この街で

降れ、降れ
降るのだ
終わりなく
人の上に
おびただしい金属片を

見えない
行く手が
さえぎられている
一歩も動けぬ
たたずむだけだ
じっとして
この街で
金属片に
さらされながら
  *詩四篇のうち一篇が楽曲化されました。 



寒戸の婆
*楽譜に即して改行してあります。

黄昏に女や子供の家の外に出て居る者は、
よく神隠しにあふうことは他の国々と同じ。
(遠野郷)松崎村の寒戸と云ふ所の民家にて、
若き娘梨の樹の下に草履を脱ぎ置きたるまゝ行方を知らずなり、
三十年あまり過ぎたりしに、
或日親類知音(ちいん)の人々其家に集まりてありし処へ、
極めて老いさらぼひて其女帰り来れり。
如何にして帰つて来たかと問えば、
人々に逢ひたかりし故帰りしなり。
さらば又行かんとて、
再び跡も留めず行き失せたり。
其日は風の烈しく吹く日なりき。
されば遠野郷の人は、
今でも風の騒がしき日には、
けふはサムトの婆が帰つて来そうな日なり、と云ふ。



亂譜 海猫

虚しき空に
鳥影 舞ふ
茜に染まる雲の下
終はりも知らず
泣き叫ぶ
罪科もなし
幼き命
泥海に消えしといふ
せめて翼がこの身にあらば
すくひあげに飛ぶものを

朝燒けに目覺め 降る雨を聽く
鳥となり生きる子よ
いまは何處
われもまた
舞ふ白雪に目を覺まし
荒んだ風を聽いてゐる
いふも儚し
二度と戻れぬ
人の形
二度と放てぬ
人の聲
おびただしく居る
あの鳥たちは
皆 人
末期の言葉を奪はれて
いまはただ
瓦礫を棲處となす

抑へられない衝動に
海猫は
空と海の間
群れながら飛んでゐる
雲と風の間
泣きながら飛んでゐる
ありし日の思ひ出と
美しかった面影を
探し 求め
墜ちるまで



たびだち/鳥の歌・虹の歌

たびだち・鳥の歌

風が見たもの
小鳥たち
遠い国から
飛んで来た

風が見たもの
小鳥たち
海を越えて
やって来た

不安げに
身を寄せて
鳥の歌 歌ってた
ビルの谷間

思い出す
ふるさとを
思い出す
山と川
紅い羽を振るわせて

風が見たもの
小鳥たち
朝焼けに喜びを
風が見たもの
小鳥たち
夕焼けに哀しみを
声合わせ歌ってる
アスファルトに生きている
風は知ってる
鳥の国
遥か海の彼方



たびだち・虹の歌

虹が見たもの
舟の影
空にぽっかり
浮かんでた
虹が見たもの
舟の影
ゆらりゆらり
近づいた

七色の
橋をめざし
幸せを
つかもうと
舟出をした
きっとある
幸せを
つかみたい
もう一度
もう一度だけでいい

虹が見たもの
舟の影
陽の光
浴びながら
虹が見たもの
舟の影
雨上がる
青空に
願いこめ
声をあわせ
虹の歌
歌ってる
虹は知ってる
旅の果て
幸せが
待っている