torotta14


■ 第14回 トロッタの会

裂けるといい
朝に
咲くという
それは祝いの花

星降るにぎわいの時は去り
光の幕があがる
一瞬
鳥はひと声
天を仰いで啼くだろう
あれは宇宙に燃えた
炎が
この星の空を焼くのだと



2011年11月13日(日)18時30分開演 18時開場

会場・早稲田奉仕園 スコットホール


花の三部作最終章『祝いの花』op.53【初演】
〈作曲 橘川琢/詩・詩唱 木部与巴仁/花 上野雄次〉
ソプラノ/大久保雅代 フルート[ピッコロ]/八木ちはる ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/田口薫 ヴィオラ/仁科拓也 チェロ/小島遼子 コントラバス/丹野敏広 ピアノ/森川あづさ 《やむを得ない事情により、当初予定のファゴットは演奏されませんでした》

『恋の歌』【初演】
〈作曲 清道洋一/詩 木部与巴仁〉
ソプラノ/柳 珠里 ヴァイオリン/田口 薫 ヴィオラ/仁科拓也 チェロ/小島遼子  ギター/萩野谷英成

フルートとチェロのための『対話と変容』(ガルシア・ロルカと共に)【2011】
〈作曲 今井重幸〉
フルート/斎藤 香 チェロ/武井英哉

〈休憩〉

『虹』『花の森』【初演】
〈作曲 宮崎文香/編曲/徳田絵里子/詩・詩唱 木部与巴仁〉
フルート/八木ちはる ピアノ/徳田絵里子

オリヴィエ・メシアン『時の終わりのための四重奏曲』の記憶【1941】
〈作曲 オリヴィエ・メシアン〉
詩唱/中川博正 クラリネット/藤本彩花 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 チェロ/香月圭佑 ピアノ/森川あづさ

『蒼鷺』【2000】
〈作曲 伊福部昭〉
バリトン/根岸一郎 オーボエ/三浦 舞 コントラバス/丹野敏広 ピアノ/徳田絵里子

ロルカのカンシオネス 『スペインの歌』 V - VII
〈採譜と曲 フェデリコ=ガルシア・ロルカ/編曲 今井重幸〉
V.[ハエンのムーア娘たち] VI.[三枚の葉] VII.[ドン・ボイソのロマンセ]
詩唱/木部与巴仁 ギター/萩野谷英成 〈弦楽四重奏〉 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/田口 薫 ヴィオラ/仁科拓也 チェロ/小島遼子

〈休憩〉

ムーヴメントNo.5*木部与巴仁『亂譜 樂園』に依る【初演】
MOVEMENT No.5 (poem by KIBE Yohani “RAN-FU”, PARADISE)
for Solo Voice,Oboe,Piano and Contrabass
〈作曲 田中修一/詩 木部与巴仁〉
ソプラノ/赤羽佐東子 オーボエ/三浦 舞 ピアノ/徳田絵里子 コントラバス/丹野敏広

『朗読と室内楽のためのポエジー 蝶の記憶』【初演】
“Memory of Butterfly” POEGY for Narration and Chamber Ensemble
〈作曲 堀井友徳/詩・朗読 木部与巴仁〉
〈木管四重奏〉フルート/八木ちはる オーボエ/三浦 舞 クラリネット/藤本彩花 チェロ/香月圭佑《やむを得ない事情により、ファゴットがチェロに変更されました》

Concerto da camera【2009】
〈作曲 酒井健吉〉
フルート/八木ちはる クラリネット/藤本彩花 〈弦楽五重奏〉 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴァイオリン/田口 薫 ヴィオラ/仁科拓也 チェロ/小島遼子 ピアノ/森川あづさ

たびだち・鳥の歌【2010/2011】《時間の都合により演奏されませんでした》
〈作曲 宮崎文香/編作 田中修一/詩 木部与巴仁)
お客様とともに、出演者全員の合唱・合奏 ピアノ/森川あづさ





*第14回『トロッタの会』で用いられた全詩です。作曲者の意図などにより、詩と音楽に相違する場合がありますことをご了承ください。

祝いの花



裂けるといい
朝に
咲くという
それは祝いの花
空気を切り分ける
じいっと
静かに連なる音
裂いて
夜を
咲いてゆく
花の意志
星降るにぎわいの時は去り
光の幕があがる
一瞬
鳥はひと声
天を仰いで啼くだろう
あれは宇宙に燃えた
炎が
この星の空を焼くのだと



やもりの指が
五本ある上思議
トイレの擦りガラスに
ある時は逆さまで
ある時は横向きに
ある時はSの字になって
はりつき
喉を鳴らしている
よく見ると
やもりは男
私と同じ
指の数も違わなかった
男なら
花を愛でるだろう
身を添わせ
考えなくていい
穏やかな心もすさんだ心も
花とともに
思っているに違いない
五本の指で
触れる
花に
やもりは男
だから上思議ではない



決意に似て
宙に舞う
花びらの赤が
ほとばしる
思いとなって
血が
この世に流れ落ちた
疑いも問いもない
断末魔
咲いてみせる
恍惚
踏み出せば
死の淵が口を開けて待っている
花の生



わがままな夜がやってきた
見たことのない花を
生けようとする
今宵
思い立とうとして立てず
何ができるのか
ずっと考え続けてきた
見てほしい
花のレクイエム
生きた者
生きている者に贈る
花向け
ロマンかもしれない
花と生きた
人生に
ナイフを突き立てようとする
誰であれ
心に傷跡を隠すのだから
どこからどこまでが
私の心で体だと
考えたこともない
花を生ける
残骸になどせず
静かに
強く愛する
たかぶりの花
歌い踊る
花に身震いした
あの日
そして今日
歓びとしかいえない情を
花生ける
もつれあいからみあう
あさましさ
羞恥などなく
見るがいい
その眼で
かまわずに生きる
花の振りを



恋の歌

恋の始まり

風さえも
雨さえも
夜さえも違って見える
恋の始まり
ひび割れのアスファルト
ほこりまみれの
いつもの露路さえ
銀(しろがね)の月光映える
花道だった
ボール虫は行く

恋の触角
狙いは必ずあやまたず
冴え渡って気配をとらえる
恋の触覚
われ知らずわれに教える
生命(いのち)のありか
心の昂り
行け
眉目(みめ)よきボール虫
行け
麗しのボール虫

何と心地いい
ふたりのすみか
祝福せよ世の全きものたち
愛の場は無限
愛の時は終ることなし


恋の果て

帰ってくるといったきり
帰ってこなかった
あのひと
待っていてといったきり
逝ってしまった
あのひと

あまりにも
あまりにも遅すぎたから
迎えにいった
私の前に
引き裂かれ押しつぶされて
あのひとは横たわる

ひしゃげた躰(からだ)にのぞく
真赤な肉片
首はもげて足は飛び
あの日
わたしを抱きしめた両腕は
天と地に伸びていた

これがあなたの運命
これがわたしの運命
これが終わってしまった運命
鴉が見ていた
アスファルトに果てた
蜥蜴(とかげ)の恋を


 恋の音楽

生きようとして殺される
わたしたち
蚊という生き物
愚かなり 人は知らない
壮大なファンタジー
わたしたち 蚊が築きあげた
歴史と科学
超文明の底知れなさ

恋の唄が聴こえるだろう
西向きの風に乗り
まだ見ぬ恋人が奏でている
蚊の恋歌
気も遠くなる時間(とき)を超え
数億年の彼方から聴こえて来る
人など知るはずもない
蚊の恋と音楽

行き先定めぬ
恋の十字路
辻音楽師が立っていた
眼(まなこ)は潰れて脚を失い
翅は破れて口は曲った
それでも歌う
鮮血の恋歌
提琴を掻き鳴らして

人は知らない
蚊の一切
未来に滅ぶことのない
蚊というわれらの心の詩(うた)を



虹・花の森


遠くと
近くの
区別もないまま
何もかも
ぼんやりしていた
あのころ
私は 初めて
虹を見た
雨上がりの空に架かる
弓なりの橋
きれいとも
上思議とも思わず
ただ 心をとらえられ
「あれは何?《
目を細めながら
母親に問いかけていた
虹というのよ
答えてくれたに違いない声を
うなずきながら
聞いたはずだ
虹は空にある
人の手の届かない
はるかに遠い 空にある
残った雨が
音もなく
幼い顔に
降りそそいでいた


花の森

花だけが知る
花の思い
野にあれ
海にあれ山にあれ
川に大地に
空に
人の群れにあれ
花は花として咲き
問おうとする
散るまでの
生命(いのち)を

こんな話がある
まだ壮年の巡礼が
路傍に倒れたまま息をひきとった
土地の者に葬られたが
やがて人々は
白い花が塚に咲き
広がってゆくさまを見る
花は虫を呼び鳥を呼び
木の芽が出て幹を太くし
枝を伸ばし林となり
森となる

もう何年が経ったろう
すでに人はない
狼の母と子が
湧き水を飲みに訪れて
一輪の
白い花に出会った
かつて巡礼の塚に咲いた花だと
狼の子は知らない
首をかしげるその幼い眼に
芽生えたばかりの知性が
宿っていた

花だけが知る
花の心
花は花として咲き
問うている
散りゆくまでの
姿を



『時の終わりへの四重奏曲』の記憶

鳥は歌う
わが領土を主張するため
敗れれば 潔く進呈しよう

鳥は歌う
わが愛を伝えるため
かなわねば 心置かず立ち去る

鳥は歌う
わが歌を歌うため
美しき星々と 花々に向け

自在なトレモロを生き甲斐とする
クレッシェンドに歓喜を
ディミニエンドに哀愁を
ピアニシモもフォルテシモも
鳥はいう
すべてわが手に

世界が終るかも知れなかった
闘いのさなか
一九四一年一月十五日 ドイツ
ゲルリッツの捕虜収容所で私は
鳥たちの歌を聴いた
それを創った彼は収容所に着いた日
裸にされても
 小さな鞄を奪われまいとしたという
中には楽譜が四、五冊 入っていた
バッハの「ブランデンブルク協奏曲《や
 ベルクの「叙情組曲《など
鳥たちの歌を聴いて死ねた
私は幸せだった
死んで 私は鳥になった
今では鳥として 歌っている



蒼鷺
 
蝦夷榛に冬の陽があたる
凍原の上に青い影がのびる
蒼鷺は片脚を上げ
静かに目をとぢそして風をきく
風は葦を押して来て
又何処かへ去つて行く
耳毛かすかに震へ
寂寞の極に何が聞える
胸毛を震はす絶望の季節か
凍れる川の底流れの音か
それとも胸にどよめく蒼空への熱情か

風は吹き過ぎる
季節は移る
だが蒼鷺は動かぬ
奥の底から魂が羽搏くまで
痩せほそり風にけづられ
許さぬ枯骨となり
凍つた青い影となり
動かぬ 



ロルカのカンシオネス[スペインの歌]V-VII

 Ⅴ. ハエンのモーロ娘

三人のモーロ娘がおれの心を奪う
ハエンの
アクサとファティマとマリエン

三人のモーロ娘は美しい
オリーブを摘みに出かけていった
ところがもう摘まれた後だ
ハエンの
アクサとファティマとマリエン

オリーブが摘まれていたので
娘たちはしょんぼりと
色をなくして帰ってきた
ハエンの
アクサとファティマとマリエン

三人のモーロ娘は颯爽と
リンゴを摘みに出かけていった
ハエンの
アクサとファティマとマリエン

おれは娘らに話しかけた
「きみたちは誰なんだ。
おれの心を奪ったきみたちは?《
「今はキリスト教徒
以前はモーロ娘
ハエンの
アクサとファティマとマリエンさ《
三人のモーロ娘がおれの心を奪う
ハエンの
アクサとファティマとマリエン


 Ⅵ.三枚の葉っぱ

くまつづら(ベルベーナ)の
葉蔭で
わたしの恋人が病んでいる
かわいそうに!
くまつづらの葉蔭で

レタスの
葉蔭で
わたしの恋人が熱にうなされている
レタスの葉蔭で

パセリの
葉蔭で
わたしの恋人が病んでいる
だから行けないよ
パセリの葉蔭で


 Ⅶ.ドン・ボイソのロマンセ

ドン・ボイソが旅に出た
寒い朝に
恋人を探して
モーロの土地へ

冷たい泉で衣をすすぐ
乙女を見つけて声をかけた
「何をしている、モーロの女よ
それともユダヤの娘か
わしの馬に
冷たい水をくれないか《
「何てこというのさ
馬も乗り手も呪われるがいい
あたしはモーロの女でも
ユダヤの娘でもない
いまは囚われの身だが
キリスト教徒だよ《

「もしもいうとおりなら
ここからお前を連れてゆくぞ
絹の衣を
着せてもやろう
もしもモーロの娘なら
わしはお前を捨ててゆくぞ《
馬の尻に娘を乗せ
何と応えるか待った
七里を行くまで
娘は何もいわない
ところが
緑のオリーブ畑にさしかかると

娘は目に涙を浮かべて泣くではないか
「ああ、この草地、草地よ
わたしの命の草地よ
お父様の王が
ここにオリーブを椊えてゆく間
わたしはその苗を支えていた
母の王妃は
絹糸を撚っていた
兄のドン・ボイソは
いつも雄牛を追っていた《

「そなた 吊は何だ?《
「ロサリンダ
わたしが生まれたとき
美しいバラの形が
この胸に
浮かんでいたからでございます《

「まさしく
お前はその刻印ゆえに
わしの妹に違いない
お喜びください
母上!
わたしは嫁の替りに
あなたの娘を
連れてまいります!《 



亂譜 樂園

わたしの聲が聞こえたら
返事をください
わたしの聲が聞こえたら
海を越えて
會ひに來てください

長く暗い鬪ひの果てに
殘された者たちの
靜かな營みがあった
何處から來て此處にゐる

閉ざされた島の
平和な時間(とき)は
知る者もなく流れてゆく

わたしの聲が聞こえたら
あなたの眼(まなこ)を閉ぢてください
わたしの聲が聞こえたら
窗を開けてください

美しいと
思ふ者もないのに美しい
彼らの國はただ
青い海に浮かんでゐた

見える
一羽の鳥が
氣流に乘って飛んでゆく
海といふ海の
風を集めて
ただひとつ殘された
樂園をめざし 幾千年



蝶の記憶

遠い昔に
海を渡った蝶がいる
どこかにある
見えない陸(おか)を求めて
蝶は
風に乗る
朝にはもう少しと思い
夜にはまだ飛べると思う
波に濡れ
輝きを増してゆく
紫の翅(はね)



この陸に
私の仔を産もう
荒波に割れ
猛り狂った断崖に
蝶は翅を休め
静かな気持ちで
生命(いのち)の種を落とす
容赦なく
陽に焼かれた翅は
あざやかに
紫の炎を噴き上げた



蝶が蝶として生き
死に変わる
無限の時
鳥になる蝶がいた
魚になり
獣になる蝶がいた
蜥蜴(とかげ)になった
貝になった
翅を落とし
異なる生命(いのち)に
蝶たちは身をまかせる



あれは遠い
冬の夜(よ)の思い出

人になって私に逢う前
あなたはどんな姿だったの?

戯れの問いに
あなたは答えた

蝶かもしれない
海を渡ってやって来た
紫の翅を持つ
蝶だと思う

あれは遠い
北の町の思い出
あの時のあなたは
もういない