■ 第12回 トロッタの会

北の都に
七つの星が現われた
冬の夜のできごと

あなたは見ただろう
底なしの沈黙が世界を覆う
冷たい光景
往く道は白く
どこまでも白く

永久に
この時よ続け
いまはただ
純潔の身を抱いて


2010年11月6日(土)18時30分開演 18時開場

会場・早稲田奉仕園 スコットホール

めぐりあい【2008初演/2010独唱版初演】
作曲/宮崎文香 詩/木部与巴仁
メゾソプラノ/徳田絵里子 ピアノ/森川あづさ

ヘンリー八世の主題による詩唱曲【初演】
作曲/ヘンリー八世 詩/木部与巴仁
詩唱/木部与巴仁 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ヴィオラ/仁科拓也 打楽器/内藤修央

女の愛と生涯【1840】
作曲/ロベルト・シューマン 詩/アーデルベルト・フォン・シャミッソー
アルト/青木希衣子 ピアノ/森川あづさ 詩唱/木部与巴仁

イリュージョン illusion 【初演】
作曲/清道洋一 詩/木部与巴仁
ギター/萩野谷英成 詩唱・ギター/木部与巴仁 弦楽四重奏 /ヴァイオリン・戸塚ふみ代、ヴァイオリン・田口薫、ヴィオラ・仁科拓也、チェロ・小島遼子 天の声/中川博正 女/徳田絵里子

ギリヤーク族の古き吟誦歌 【1946】
作曲・詩/伊福部昭
バリトン/根岸一郎 ピアノ/徳田絵里子

ムーヴメントNo.3〜木部与巴仁「亂譜 未來の神話」に依る【初演】
MOVEMENT No.3 (poem by KIBE Yohani "RAN-FU", Myths in the future)
作曲/田中修一 詩/木部与巴仁
ソプラノ/柳珠里 フルート/八木ちはる ヴィオラ/仁科拓也 ギター/栗田和樹

ギター独奏・ピアノ・打楽器の為の協奏的変容「シギリヤ・ヒターナ」【1992初演/2010室内楽版初演】
作曲/今井重幸
ギター/萩野谷英成 打楽器/目等貴士 ピアノ/徳田絵里子

詩曲「黄金〈こがね〉の花降る」〜紫苑・くろとり・黄金の花降る・檸檬館〜 Op.48 【初演】
作曲/橘川 琢 詩/木部与巴仁
フルート/田中千晴 ヴァイオリン/戸塚ふみ代・田口薫 詩唱/木部与巴仁・中川博正 花/上野雄次

女声三部とピアノのための「北方譚詩」 1.北都七星 2.凍歌 【初演】
作曲/堀井友徳 詩/木部与巴仁
ソプラノ/柳珠里 メゾソプラノ/徳田絵里子 アルト/青木希衣子 ピアノ/森川あづさ

たびだち 【初演】
作曲/宮崎文香 編曲/酒井健吉 詩/木部与巴仁
出演者とお客様による合唱・合奏





*第十二回「トロッタの会」で用いられる全詩です。作曲者の意図などにより、詩と音楽に相違する場合がありますことをご了承ください。

めぐりあい 独唱版

木部与巴仁
田中修一・構成

季節が春に向かうころ
わたしたちはめぐりあう

黒い土が
のぞいている
雪解け道を
駆けていた

輝いてる きらきらと
春の日ざしに
目を細め
冷たい季節を
見送った

白い花が夏に開くころ
わたしたちはめぐりあう

風が吹いた
不安な街角
影に寄り添い
歩いていた

鳥でさえ歌うのに
歌いたいの
鳥と一緒に
明日こそ
晴れるようにと

どこへ行くの?
わからない でも
私は生きられる

ながい雲が秋を描くころ
わたしたちはめぐりあう

海が見える
遠い海原
潮騒の歌に
耳を澄ませて

赤く燃える水平線に
とまらなかった
私の涙
しずくになって
波間に溶けた

木枯らしが冬を告げるころ
わたしたちはめぐりあう

生まれ変わる
今は死んでも
落ち葉の下で
目を閉じた

銀色の糸が舞う
旅に出た
小さな蜘蛛
雪迎え
さよならの時

どこへ行くの?
わからない でも
わたしは生きられる
ありがとう
あなたの歌を聴いたから

   *

ヘンリー八世の主題による詩唱曲

木部与巴仁



今日は
久しぶりにいい天気なので
コインランドリーは満員だった
ヘンリー八世と
枢機卿ウルジーも
ベンチに腰をかけて
洗濯の仕上がりを待っていた
脱水まで
あと三十五分
「キャサリンには消えてほしい」
王はいった
「わしは早くアン・ブーリンと……」
「し!」
ウルジーは止めた
洗いものを取り出す主婦
漫画を読む学生がいる
「誰が聞くかわかりません」
王は膝を掻いた
「私におまかせを」
「よいのか」
「お妃様より、お好きな方と」
王はまた膝を掻いて頷いた



王妃キャサリンも
コインランドリーに出かけた
洗濯ものがたまる
どんどんたまってゆく
ここ一週間
王妃の心は重かった
「王様は何を考えておいでか」
侍女に話しかけた
名前をアン・ブーリンという
「好きな女ができたのではないか」
王妃は両手にひとつずつ
百円ショップの鞄を提げていた
侍女は両手に合わせて四つ
百円ショップの鞄を--
「王様に限ってそんな!」
侍女は止めた
「決してそんな方では!」
王妃はため息をついた
「私たちの結婚生活は長い」
洗濯ものの重みで指がちぎれそうだ
「やがて二十年になる」
私はまだ十九だと侍女は思った



脱水まで
あと三十分もあった
ヘンリー八世はあくびをした
ウルジー卿は週刊誌を読んでいる
ふたり
サンダルをはいた女がやってくる
王妃と侍女だった
逃げ場はない
泰然として待った
「いっぱいじゃ」
王妃と侍女は立ち止まった
「洗濯機も乾燥機もな」
ふたりの女は
鞄を道に投げ捨てた
「時が何もかも解決してくれよう」
「王様は私より六歳もお若い」
いつになく小さな
王妃の声だった
「私には時間がありません」
「なに もう三十分を切っておる」
ウルジーが洗濯機の数字を指す
王は腕組みをしてみせた



四人は缶コーヒーを飲んでいた
「ひどい男もあったものです」
ウルジーがいった
「妻と離婚したいばかりに」
王は視線を合わせない
「最初から結婚などなかったのだと」
王妃は見た
「裁判で申し立てたそうです」
「どこで知った?」
「週刊誌のゴシップ記事ですよ」
「認められたか?」
「どうやらそのようで」
王妃は何もいわなかった
遠くアラゴンから
イングランドに嫁いだ日を思う
王も何もいわなかった
その手を使えば
アン・ブーリンと結婚できると思う
侍女は胸をいっぱいにし
枢機卿は頭を野望でふくらませて
缶コーヒーを空にした
脱水まであと十五分あった

   *

女の愛と生涯

註・全八曲のうち、以下の詩の五曲のみ演奏します。
日本語訳詩は、吉田秀和氏訳を生かし、大意を詩唱します。

アダベルト・シャミッソー 訳・吉田秀和による

■ あの方を見てからは、わたしは盲になつてしまつたような気がする。どこに目を向けてもあのひとだけが見える。まるで目を開けたまま夢をみているように、あのひとの姿が目の前に浮び、この上なく暗いところからだんだん明るく浮かびあがつてくる。
 あのひと以外、わたしのまわりは何もかも光も色も褪せ、姉妹たちと遊ぶ気にもなれず、むしろ小部屋で静かに泣いていたい。あのひとを見てからは

■ あの方は誰よりも素晴しい方、あんなにおだやかであんなによい方! やさしい唇、あかるい眼、あきらかな考えとしつかりした勇気!
 ちようどあの青い深々とした空で、明るく壮麗に輝く星のように、あの方はわたしの空に明るく、壮麗に、燦然と、しかも遠く輝いている。
(わたしの空の星よ)お前の軌道をめぐれ、めぐれ、ただお前の輝きを眺め、へりくだつた心でお前の輝きを眺め、心から幸せで然も哀しいこの思い!
 ひたすらお前の幸いを祝う私の静かな祈りをきかないで頂戴、壮麗な大空の星はわたしのような卑しい女を知つてはいけないのです。ただ凡ゆる女の中でも一番立派なひとだけがお前に選ばれる幸福をもつべきです。わたしは高い人々を幾千たびも祝福しましょう。そうして私は喜びつつ泣きましよう。それでもわたしは心から幸せなのです、たとえ私の心臓が破れようとも、ああ、心臓など破れるがいい、そんなことは何でもないじやないの?
 あの方は誰よりも素晴しい方、あんなにおだやかで、あんなによい方! やさしい唇、明るい眼、あきらかな考えとしつかりした勇気、--あんなにおだやかで、あんなによい方!

■ お前、わたしの指にはまつた指輪、私の小つちやな金の指輪、わたしはお前にうやうやしく口づけし、うやうやしく口づけし、胸に抱きしめる。
 わたしは幼い日の穏かで美しい夢を見つくし、ただひとり独り涯しない荒野に放りだされていた。
 お前、わたしの指輪にはまつた指輪、その時お前はわたしにはじめて教えてくれた、人生の限りない深い価値に対してわたしの眼を開いてくれた。
 わたしはあの方に仕え、あの方のために生き、全くあの方のものになり、自分を捧げ、そうして自分を浄めて戴き、あの方の光栄の中に自分を清めて戴きたいの。
 お前、わたしの指にはめられた指輪、小つちやな金の指輪、わたしはお前にうやうやしく口づけし、うやうやしく胸に抱きしめる。

■ お前、わたしの心に、わたしの胸に(抱かれた)、わたしの喜びよ、わたしの楽しみよ! 幸せとは愛であり、愛は幸せです。わたしは前にもそう云いましたが、今でも取消しません。  前には自分を大切にしすぎましたが、今では幸せすぎるのです。
 子供を育み、子供を愛し、子供に乳を与える、母親だけが愛するとは何であり、幸せとは何かを知つているのです。
 母親の愛を感じることのできない殿方は本当にお気の毒ですわ!
 お前、可愛い可愛い天の使いよ、お前はわたしをじつと見て、につこり笑うのね! わたしの心に、私の胸に(抱かれた)、お前、私の喜びよ、私の楽しみよ!

■ いま初めてあなたはわたしに悩みを与えた。でもそれは(胸に)つきささる。あなたは眠つている。ひどい方、冷酷な方、死の眠りにおつきになって、残されたものは自分の前を見ていますが、世界は虚ろです、虚ろです。私は愛し、生活してきました。しかし今ではもう生きていません。わたしは自分の心の中に静かにひき閉じ籠り、帷りは(重く)垂れ下がる、あの向うにはあなたとわたしの幸せがあるのです。ああ、あなただけがわたしの世界なのに!

   *

ギリヤーク族の古き吟誦歌

伊福部昭
*詩は伊福部昭先生の御作ですので、当サイトには掲載いたしません。ご了解ください。

   *

イリュージョン illusion

木部与巴仁+清道洋一

(清道)
幸福なんていうものは
子孫たちの取り分さ
俺たちは一体
何のために生きるのか
それを知ろうとしなければ
何もかも下らない
根なし草になっちまう
だから必死になって考える
考えて考えて考え抜いて
行きつく先は妄想さ
幻想第4次を走る
あの列車にのって
目指すは
エルドラド
チチカカを渡る風は
僕の頬をなでて
彼女が乗る
その列車を追いかける

(木部)
未来の象徴としての高速道路が
頭の中を走っていた
1960年代の私
流線形に切り取られた夜空
ガラス細工のビルが建つ
鉄筋コンクリートという言葉の響き
ネオンサインは赤く
青く瞬(またた)いていた
刹那の恋
長い黒髪を両肩に揺らし
足音もたてず
無人の高速道路を歩いてゆく
女は裸足だった
手をつなごうとするたび
振りほどかれた
細い指
思いがけない
そのからだのやわらかさ
50年後のこの国が
どんな姿をしているか想像できなかった
薔薇色の未来
はっ!
超特急はどこに向かって疾走する
空気を切り裂いて
戦争は
もうずっと前に終わったから
いつかまた始まる
今度起きたら何もかもオシマイ
誰かがどこかで
最後のスイッチを押そうとしている
背中合わせの恐怖
ニヒルになりたくてもなれない私なのだ
この夜空が
もう一度
真っ赤に染まる夜
私はどこにいるのか
女の背中の何という遠さ
伸ばした手を
そのままにする
遠く長く
哀しいサイレンが
むせび泣きのように聞こえてきた
溶け始めている
毒々しくも美しい
無人の街が

(清道)
私は追い駈ける
幻想第四次を走る列車を探して
エルドラドはどこへ行った
チチカカを渡ったあの時の風は!
なあ、エルドラドはどこへ?
あの時の風
 そう あの時の風は一体……
あんた 知らないか?
風! 風! 風!
あの時の風!
エルドラド!
 エルドラドはどこへ!
エルドラドはどこへ行った!
幸福なんていうものは
 子孫たちの取り分だ!
俺たちはいったい
 何のために生きる!
50年後のこの国!
50年後のこの国が!
薔薇色! 薔薇色の未来!
薔薇、薔薇、
 バラ、バラ、薔薇色!
風、あの時の風!
エルドラド、エルドラド!
はははっ
チェーホフが
 死んだ齢になった!
チェーホフが
 死んだ齢になった!

   *

未来の神話
*歌唱の詩は、次頁参照。

木部与巴仁

理想が統(す)べる
幾世紀の果てに
断末魔を聴いていた
命の限界
世の終わりの儀式
千万年が過ぎてゆく

人 翼を負い
魚(うお) 人語を使い
鳥 水を潜(くぐ)って
飛ぶことなし
草木(そうもく)
足を生やして歩く時

無慈悲な天の怒りが落ちる
夜ごとの恋と
暁の裏切り
気まぐれな雨に
巡礼たちは濡れてゆく
ためらうな
歩き続けよ
死の淵が口を開いて待っている

川 海となり
山 断崖となり
町 陰鬱の森となり
火の山 凍原となる

涙を詰めた小瓶を海に
鱗をまとった
水底(みなぞこ)の青年が
揺れながら漂う
小さな光に
未来を感じる


亂譜 未來の神話

木部与巴仁

理想が制する
幾世紀の果てに
斷末魔を聽いてゐた
命の限界
世の終りの儀式
千萬年が過ぎてゆく

人 翼を負ひ
魚(うを) 人語を使ひ
鳥 水を潛(くぐ)って飛ぶことなし
草木(さうもく) 足を生やして歩く時

無慈悲な天の怒りが落ちる

夜ごとの戀と
暁の裏切り
氣まぐれな雨に
巡禮たちは濡れてゆく
ためらふな
歩き續けよ
死の淵が口を開ひて待っている

川 海となり
山 斷崖となり
町 陰鬱の森となり
火の山 凍原となる

涙を詰めた小瓶を海に
鱗をまとった
水底(みなそこ)の處女(をとめ)が
搖れながら漂ふ
小さな光に
未來を感じる

   *

黄金(こがね)の花降る 四篇

紫苑(しおん)

木部与巴仁
 「詩の通信 II」第19(2008.3.31)

絵を描いたまま
死んでいった人へ
それは紫苑の姿
花は紫
ひとつかみの茎が
命をなくして横たわる
この花こそ
遠くない日の自分かと
筆を杖として
画布に向かった

紫苑は浮かぶ
白い影に
息絶えている
描き終われば死ぬ
わかっていながら描いた
紫の命
私は紫苑

生きたいと
その人は一度も
訴えたことがなかったという


くろとり

木部与巴仁
 「詩の通信」第8号(2006.2.17)

影から現われ 闇へ羽ばたく
夜をねぐらにする、黒い鳥
くろとりが翔んでゆく、音なしに
誰の目にもとまらず、時の谷間をすりぬけて
くろとりは想うことがある、この姿が
前の世ではどんな形をしていたのか、と
闇の中で、目を閉じながら
ここはどこ いまは、いつ
昨日はなかった 今日も、ないだろう
きっと、明日も
誰かを呼びたくて 鳴いた
しかし一切の気配が 闇の中で断ち切られている
なぜ、翔ぶ
何が、自分を翔ばせる
翔んでも、すれ違うものがない さえぎるものも
行き着く場所がどこであれ、どこにあるのであれ
くろとりは 翔ぼうと思った
それが唯一、自分にできること
翼を広げて舞い上がった瞬間
くろとりの姿は消えていた

黄金(こがね)の花降る

木部与巴仁 
「詩の通信 IV -はなものがたり-」第8号(2009.11.17)


十一月の昼下り
今日も窓辺に
黄金の花が降ってくる
音もないのに
音をさせ
ぼんやりと
見とれたまま
男は死んだ
最後の涙が流れてゆく
白い枕に
重そうにしみた
秋だった
黄金の花が降っていた
六十一年の人生
昨日まで
言葉を交わした女もあったのに
薄く開いた
黒い
男の目の中で
黄金の花が降っている
死ぬ時はただひとりでと思っていた
静かな秋の昼下りに
涙はもう
乾いていた

檸檬館

木部与巴仁
 「詩の通信 II」第22(2008.5.0)

檸檬館へ行こう
父が誘ってくれた
小さなフルーツパーラー
デパートの地下にある
カウンターだけのお店

檸檬館へ行こう
父の声を覚えている
人の言葉を聞かない人
自分の言葉を聞いてほしい人
甘えん坊だったのかな

檸檬館へ行こう
女の人が好きだった
いつも誰かがそばにいた
娘の私もそばにいた
母は何もいわなかった

盛りあわせをお願い
それからこの子の好きなもの
にっこり笑ってみせる
メニューもせりふも決まっていた
父はずっと父だった

病院のベッドに持っていった
檸檬館の盛りあわせ
父はおいしいといって食べた
やさしい顔だった
やさしいまま死んでいった


北方譚詩 二篇

北都七星

木部与巴仁

北の都に
七つの星が現われた
冬の夜のできごと

あなたは見ただろう
底なしの沈黙が世界を覆う
冷たい光景
往く道は白く
どこまでも白く

目を伏せて
マントの襟を合わせたまま
黒い気配の
あなたは歩いた
悪い噂も
哀しい記憶も
消えてゆく
虚ろだった笑いさえ
遠ざかる

永久(とこしえ)に
この時よ続け
いまはただ
純潔の人影として

北の都に
七つの星が光る
音のない夜
あなたの心に
呼びかけていた


凍歌 北の街角で聴いた女の声

木部与巴仁

どこにいても
どこに生まれても
何を見ても
何を聴いても
誰を愛しても
誰に愛されても
私たちは歌うだろう
生と死のはざまで

風に流れる
この黒髪を愛で
去っていったあなたに捧ぐ
青空の歌
雲は千切れながら飛び
風は渦を巻いて吹く
北の町に冬が来た

淀みの水をすくい
草の根を食(は)み
焼けた土に身を焦がして
見えない道をゆく
あなた
何を考えているの?
ああ 聴いて
遠い町であなたを想い
強くあろうと願って歌う
女の声を

私はここに
あなたはどこ?
あなたの町は今も
わたしのあなたはどこへ?
見るものは違っても
歌声はひとつ
あなたの声が聴こえてくる
北風に乗って

   *

たびだち

木部与巴仁

花が見たもの
それは川
そっと咲いたら
流れていた

何もかもが
新しかった
つぼみのころは
夢だけに生きていた

流れてゆく
朝をのせ
流れてゆく
夜をのせ
じっとみつめる
白い花

花が見たもの
それは川
時が経ち時が過ぎ
花は流れに身をまかせる
何もかもが
新しかった
見えるものも聴こえるものも
ただひとりの旅
いつの日か
花開く日まで