torotta11.poem


■ 第11回 トロッタの会

瓦礫なり
天まで続く 瓦礫なり

舞えよ
月下に われひとり
歌えや
月下に 声をふるわせて
見る者はなし
聴く者はなし

2010年3月5日(金)19時開演 18時30分開場
会場・スタジオヴィルトゥオージ

詩歌曲『うつろい 花の姿』Op.22c 【2007/2010改訂】
作曲/橘川琢 詩/木部与巴仁
ヴォーカル/笠原千恵美 詩唱/木部与巴仁 ヴァイオリン/戸塚ふみ代 ピアノ/森川あづさ 花/上野雄次

『ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ』 【初演】
Sonatina per Violino ed Pianoforte
作曲/酒井健吉
ヴァイオリン/田口薫 ピアノ/徳田絵里子

『人形の夜』 【初演】
作曲/長谷部二郎 詩/木部与巴仁
ギター/萩野谷英成 弦楽四重奏/戸塚ふみ代、田口薫、仁科拓也、小島遼子 詩唱/木部与巴仁

『摩周湖』 【1992】
作曲/伊福部昭 詩/更科源蔵br> バリトン/根岸一郎 ヴィオラ/仁科拓也 ピアノ/並木桂子

『ムーヴメントNo.2 木部与巴仁「亂譜 瓦礫の王」に依る』 【初演】
MOVEMENT No.2 (poem by KIBE Yohani メRAN-FU, Gwareki no Wauモ) for 2Voices, Marimba and Piano
作曲/田中修一 詩/木部与巴仁
ソプラノ/赤羽佐東子 詩唱/木部与巴仁 マリンバ/星華子 ピアノ/森川あづさ

『「いのち」より』【初演】
作曲/清道洋一 詩/木部与巴仁
詩唱/木部与巴仁、中川博正 弦楽四重奏/戸塚ふみ代、田口薫、仁科拓也、小島遼子 ピアノ/徳田絵里子

『室内楽のための組曲「神々の履歴書」』【1988/2010改訂初演】
作曲/今井重幸 詩/前田憲二
ソプラノ/赤羽佐東子 合唱/徳田絵里子・笠原千恵美・根岸一郎・木部与巴仁 フルート/田中千晴 バスフルート/八木ちはる ファゴット/平昌子 弦楽四重奏/戸塚ふみ代、田口薫、仁科拓也、小島遼子 マリンバ/星華子 打楽器/内藤修央 ピアノ/並木桂子

『めぐりあい-春-』【2008/2010】
作曲/宮崎文香 編曲/長谷部二郎 詩/木部与巴仁
出演者とお客様による合唱・合奏





うつろい

木部与巴仁

古ぼけた柱時計が
満開の桜の枝に掛かっていたらおもしろい
カウンターの向こうから
浜辺の歓声が聞こえてきたらおもしろい
落ち葉が舞って
コーヒーカップに浮かんだらおもしろい
椅子に腰かけたまま
しんしんと降る雪の気配を感じたらおもしろい

静かに器を洗う音を
今でも憶えている
その喫茶店では
いつも ひとりの女性が
うつむいたまま仕事をしていた
控えめな笑みを 浮かべて
ほんのり紅く 頬を染めて

[春]

憶えているよ
春になると 桜が咲いたね
花びらが吹雪になって
店いっぱいに舞っていた
季節がうつろう
不思議な喫茶店
今はもう消えてしまった

[夏]

憶えているよ
夏になると 海が見えたね
窓の外には水平線
遙かに遠く かすんでいた
天井をつらぬく
八月の太陽
ぼくの心をじりじり焼いた

[秋]

憶えているよ
秋になると 木立が燃えたね
散り敷く落葉は炎の形
ランプの灯に照らされて
喫茶店は錦に染まる
歌が聞こえた
誰の姿も見えないのに

[冬]

憶えているよ
冬になると 雪が降ったね
白くなってゆく店に
マフラーをまいたまま
じっと座っていた
ぼくはここにいる
時間だけが過ぎてゆく

今はない 街角の喫茶店
いつの間にか 消えていた
ぼくは今も この町にいる
でも あの人は いない
うつろう季節に連れられて
どこかへ行ってしまった

   *

人形の夜

木部与巴仁

コツコツと音をたて
マントの裾をなびかせて
夜になると踊っている
黒い貴婦人

閉じない瞳が
闇の中で光っている
静かに青く
前だけをみつめている

重かったり軽かったり
隠れた両手に
男の生命(いのち)を抱いている
死んでいった男たち

朝になれば
窓辺にじっと置かれている
黒い貴婦人
ただ一個の木偶(でく)として
夜になると踊っている
コツコツ コツコツ
音をたて

   *

「摩周湖」

更科源蔵

大洋(わだつみ)は霞て見えず釧路大原
銅(あかがね)の萩の高原(たかはら) 牧場(まき)の果
すぎ行くは牧馬の群か雲の影か
又はかのさすらひて行く暗き種族か

夢想の霧にまなことぢて
怒るカムイは何を思ふ
狩猟の民の火は消えて
ななかまど赤く実らず

晴るれば寒き永劫の蒼
まこと怒れる太古の神の血と涙は岩となつたか
心疲れし祖母は鳥となつたか
しみなき魂は何になつた

雲白くたち幾千歳
風雪荒れて孤高は磨かれ
山 山に連り はて空となり
ただ
無量の風は天表を過ぎ行く

   *

「亂譜 瓦礫の王」

木部与巴仁

瓦礫なり
天まで続く 瓦礫なり
眼(まなこ)を奪う
満月
人はなく
銀(しろがね)の光
瓦礫を照らす

舞えよ
月下に われひとり
歌えや
月下に 声をふるわせて
見る者はなし
聴く者はなし

夜は深し
どこまでも深し
落ちゆく先は 底なしの闇
風の音のみ聞いたという
死者の繰り言

舞い続け
舞い続けて月に向く
立ち木として死ね
心に残す
何ものもなし
明日(あした)に残す
一言もなし
瓦礫の王が
ただひとり舞う

   *

いのち

木部与巴仁

しんごうまちする
こうさてんで
ひとびとの いのちが
ばくはつ しかけている
わたしは きょうかん する
その あやうさに
わたしの いのちも
ばくはつ すんぜんだ
じょうずに いきられなくて
しかし じょうずに
いきたくなど なくて

いのちの かたち
それは まるい
さんかくの いのち
しかくい いのち
そんなものは
ぜったいに ない
ぶるぶると
ふるえている
まるい かたちで

くっぷく しない
ふくじゅう しない
そのために さずかった
たまの いのち
ただひとり
いきていく
そのために みんな
ないている
どこに ころがるか わからない
わたしたちの いのち
どこまでも ころがってゆく
ころがりながら
いつか きっと
だいばくはつを する

   *

神々の履歴書 渡来の唄(うた)

前田憲二

陽がのぼる
陽がまたのぼる新天地
まほろばの故郷(くに)を求めて
いま 旅立の時がきた
ドドドド ドドドド ドドドドド
稲は積んだか 多々羅はあるか
櫓を漕ぐ海にこころがゆれる
父の背中に青山映えて
残した母の涙が光る

陽がのぼる
陽がまたのぼる別世界
先人の住まいめざして
いま 船出の時がきた
ドドドド ドドドド ドドドドド
須恵器乗せたか 黄金(こがね)はあるか
めざす大地に雨風ゆれて
海はふたつの祖国をつなぐ
愛はふたつの祖国をつなぐ

   *

めぐりあい 春

木部与巴仁

流れる川がぬるむころ
わたしたちはめぐりあう

黒い土が
のぞいている
雪解け道を
駆けていた

流れる川がぬるむころ
わたしたちはめぐりあう

輝いてる きらきらと
春の日ざしに
目を細め
冷たい季節を
見送った

どこへ行くの?
わからない でも
私は生きられる
ありがとう
あなたの歌を聴いたから